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例えば、『アンネの日記』の主人公・アンネを戦争犠牲者として捉えてしまうことだが、彼女の命日より以前、ドイツの支配が近隣諸国に及んでいた段階で停戦が実現していたとしても、彼女が強制収容所から解放されていた可能性は低い。なぜなら、ユダヤ人抹殺は戦争行為の一環でなく、ナチスの政治目的だったからである。彼女はユダヤ人抹殺計画によって殺されたのであり、戦争犠牲者ではないのである。
こう言った『アンネの日記』を反戦作品としてしまうような思い込みを払拭していくと、今までとは違った歴史が見えてくる。その点で非常に参考になるのが本書である。
紙数が限られている教科書で子供たちに、何を教えればよいのか。何を教えなければならないかの基準は「ある」はずですが、そのことから現行の教育は閑却していると先生は仰っています。歴史教育は本来どうあるべきかという基本認識もないままに教育を行なう事など不可能です。そこに問題があるのです。
具体的には当時の情勢という大きな視点を忘れ、日本が戦争に立ち向かっていったことのみをもって、悪であるように教える歴史観が現在まかり通っていますが、自分たちの先祖のぎりぎり??選択や行動をみせないで、無感動に、始めから悪例としてのみ捉えるこのような姿勢を、不健全だと感じる方も多いのではないでしょうか。そもそも、自分たちの先人は、そんなに酷い方たちなのか?どうして、批判ばかりしようとするのか?さまざまな感情はあると思いますが、先人の行動を、真正面から受けとめられるのは、おなじ私たちだけです。正当な評価、正当な批判を受けとめる為にも、先人の行為と、意味を、もっと内側から見ようと心掛けなければならないと思います。またその結果として、祖先に対して肌のぬくもりのような親近感を感じたとしても、それこそが自然だということに、自信をもっていいのではないかと思います。
日本人が遺したメッセージを受けとめられるのは日本人だけです。そうであるな!らば、過去と現在そして未来の私たちを、信じて、日本を築いてきた先人の姿勢こそを、私たちは歴史教科書に求めたいと思います。
とても勉強になりました。文句無し。