「あとがき」にあるとおり、その土地の特性や風土で出身者の性格をステレオタイプに見てしまうことはあまり意味がなく、合理的でもないようです。司馬氏はそうした限界は押さえながらも、ひとりひとりが集まって集団化した場合、やはりその場所の歴史や風土というものが直接・間接的に集団に影響を及ぼし、特性を与えることに言及、そしてこのことは経験的にもうなずけるような気がします。
こうした観点、認識からここに書かれた、鹿児島や山口、高知、会津といった司馬氏、お馴染みの地の叙述には、本質を突く視点があることに気づかされます。山口(長州)という土地は関ヶ原に敗れた後、毛利氏が閉じ込められた地であり、家臣団の一部は藩の財政難から多く農民化、そこでは、身分制に対する固執の度合いが相対的に薄く、関ヶ原で残った徳川氏への怨恨をベクトルに藩をあげての(奇兵隊が典型)体制が整った、と氏は説いています。(ここから先は司馬氏は書いていませんが)、そうすれば必然的にリベラルな風土が形成される一方、様々な人を束ねていく理念的なもの、観念的なものへの執着が人々の間に広まり、議論好きがひとつの特性として特徴づけられるであろうことは想像にかたくありません。逆に薩摩では、800年続いた島津氏のもと、議(理屈)を言うなということが美徳とされた感があるようです。
土地の風土というものに、合理的な洞察を加え、その特徴を抽出し、そしてそれをいとおしみ(特に司馬氏の出身、大阪に対する愛着がひどく感じられます)、分からないことは分からないと素直に言明、作者の人柄も伝わる秀作だと思います。