本書は、戦後創設された特捜検察の性質を決定付けた「造船疑獄事件」と「ロッキード事件」の丸紅ルート、それぞれの捜査実態と、上記の事件捜査・公判によって性格づけられた捜査手法が大きな齟齬をきたした「東京佐川急便事件」の顛末、及び金丸信への逮捕・起訴による権威回復までの経緯を詳しく記すことで、特捜検察が示そうとする「いわゆる正義」に対する疑義を表明した一冊。
構成は、年代の新しい「東京佐川急便事件」から比較的に古い「ロッキード事件」丸紅ルート、「造船疑獄事件」へと遡っていく形をとっていて、結果として特捜検察が本質的に持っている病根が段階的に明らかになっていく効果がある。
読み進めていくと、にわかには信じられない記述に幾度となく出会う。つい最近まで、佐川急便の事件やロッキードの事件について疑いを抱くきっかけもなかった自分としては、初めて知らされる事実が多すぎて驚いてしまった。ほんの少し前まではマスコミが言うんだから事実だろう、と報道を丸呑みするだけだったことに、改めて気づかされた。特捜検察が捜査の構図を描き、時には構図通りに事実を創設、あるいは誘導、見方によっては捏造することがあるなんて、考え付くこともなかった。更に、マスコミを捜査機関の一部門のように機能させてしまう手練手管の数々、最近になって薄々は感づいていたもののやはり、といった感じだ。
真実、正義、といった言葉の実質が公権力の下にあってはどうにでも操作されうるものになり始めていることに気がついてくる一冊。そんなことはいつの世でもそうだった気もするが、いまだにそうであることを思うと暗い気持ちになる。