圧巻は、2007年4月韓氏意拳の韓競辰老師の「消える動き」の体験である。
緩やかな舞うような動き、の次の瞬間老師の姿を見失ってしまった。(約四メートルの距離)
そして、次の瞬間二メートルほど離れたところに前がかりの姿勢で忽然と出現していた。驚きは感嘆となった。
それは何故か。
身体のより多くの部位が「同時並列的」に動いたため、眼がそれらを統合して追うことが出来ずに見失ったのであろうという結論に達した。
(蛙は、静止している物体は見えない。と言われている。生きるために高度に体系化された解釈を脳がしているようだ。また、南洋の島の人たちは、キャプテンクックの帆船が見えなかったようだ。見える準備が出来ないモノは見えない。そして、一調子もまた、見えない。)
甲野善紀はうねらない、ためない、ひねらない、居付かない、浮き。つまり蝶番運動(スポーツ)ではない「動き」を追い求めた。
そして最近では、「慣性力の統御」つまり手足など末端のアソビ、ユルミを取り除いて一気に背や胸の体幹部に働きかける(一調子)。一点接触で相手を崩す。「同時並列的」な「動き」にまでその技は深まって来た。
それは、いつの間にか身に染みついた体の動きの中で武術に不向きな動きを削り落とすことにより可能であり、西欧由来ののスポーツの様に付け加えることとは全く逆の方向を目指すものとなる。
著者は、言語化能力が高いため素人でも分かる。実に面白く興味深いものとなっている。