本書は武田信玄の実弟・典厩信繁を題材にした作品です。物語は父・信虎追放から第4次川中島合戦で信繁が沒するまでが描かれています。
信繁といえば99ヶ条に及ぶ家訓や真田信繁(幸村)の諱の由来等で知られていますが、その実像については未だに不明瞭な部分も多い様です。恐らく著者は主に家訓から信繁の人物像に肉薄すべく取り組まれたと思うのですが、輪郭すらまま成らない内容に終始しています。
流れとしては甲斐武田家を取り巻く歴史推移が中心であり、信繁が登場するのは信玄と2人で語らう場面が殆どです。信玄が如何に諸豪族を束ねるのに苦慮していたのかと云うことは理解し易いのですが、補佐役として重きを成していたはずの信繁は、本筋から逸脱しがちで現実感が伴わない人物の様に思えてなりませんでした。
また後書きに「江戸時代になって広く読まれるようになった『甲陽軍鑑』において「山本勘助」が大活躍することになるが、武田の家臣団、特に重臣達の間ではあまり重んじられていなかったことがうかがえることを付記しておきたい」と記されている辺り、著者は『甲陽軍鑑』を余り参考にされてないようです(内容の端々でも仄めかされています)。とは云え信繁の最期を語る上で勘助は外せなかったようで、その中途半端な構成が作品全体の不調和に色濃く反映されています。
信繁に関する史料が乏しい以上、著者の想像力で整合性が保たれるべきだと考えますが、殆ど配慮されていないと言っても良いでしょう。一方で信濃侵攻を初めとする外征や甲斐武田家の内情については事細かく記述されています。ただ、武田信繁という人物を描いた小説としてはお勧めは出来ません。