いまや合気道はどこでも習えるもので、宗教性は排されている傾向にある。
だが、合気道は極めて成り立ちからして宗教的ある。
盛平はもともと素粒子論も書棚にあったほど聡明で、かつ生死極まる北海道の開拓労働もいとも容易くこなした怪力と精力の持ち主だったようだ。
だが、その怪力の非凡性は記録されている一方で、その後に大東流の武術を習い始めたころは、当時の兄弟子が後日談として語るほどに弱かったようだ。本当に弱くてポンポン簡単に「投げられていましたね。」と言われたほど、武術的には満足なものではなかったらしいが、非常に早く習得して、筋がいいと認められたそうだ。
しかし、父を亡くし、大本教に入信するに及んで、いく歳月か後、「黄金が地から吹き出るような神我一体の瞬間」とともに「神の愛」を悟り、森羅万象に施される神の愛の普遍の現象としての「武産」という、敵に対峙して尚、瞬時にそれに和するところの「対すれば愛和する」生成化育を目的とする神の武の本質を見出したと聞いている。
この本にはそのときの有名な体験が書かれている。
時に、五井昌久というこれも神我一如を経験している人がそれを読み、「これが宗教でなくてなんであろう。」「武の極み」から悟りを得たという、そしてなお今だ無敗であることに「震えた」と言う言葉が冒頭に載っている。
盛平が昌久に対面したときはうれしそうに昌久を上座にすえたという。
盛平は鉄砲さえも避ける武術家であり、巨漢の相撲取りも手玉にとり、触れただけで柔術家の腰の骨を砕いてしまったり、夜ふすまの向こうの向こうの隣の部屋のねずみが神棚の供え物を食べていることを察知する能力者であり、触れずとも気で相手を倒すことも可能な武術家なのである。そんな超感覚的な武道家が上座にすえた真人、昌久とは何者なのか。
やっぱり白光真宏会の宣伝本か・・・否。実に興味深い、外部団体から見た合気道の本質論なのである。
合気道とは大本教で磨かれ、白光真宏会から評価されたそういう古神道由来の日本の武道のなのである。盛平は仏葬にされたそうであるが、神道的に祭られてもいるらしい。
まずは神道としての武道を知る本として読むことを進める。