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「武士道は、日本を表徴する桜の花と同じように、わが国土の固有の花である」――
国際連盟事務次長として「ジュネーブの星」と歌われた新渡戸博士は、日本人の道徳観を支えている「武士道」を、神道、仏教、儒教の中に探りつつ、キリスト教、騎士道、西洋哲学と対比し、世界の人々に「日本の魂」を説き明かした。
欧米の人々が日本に抱く疑問の数々に答えようとして、その広い識見と深い洞察力をもってまとめあげられた本書は、今なお新鮮な日本人論であると共に、国際人への指針でもある。
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この まえがき の一文からこの本は始まる。
新渡戸稲造の「武士道ー日本の魂」を訳した本は多数あり、「武士道」の内容に関する意見、内容レビューも多く書かれているので内容にはもう特に触れる必要はないと思う。的確に書かれた他のレビューを参考にしていただきたい。
この本は特に、「武士道」には興味はあるが・・・新渡戸稲造?難しいんじゃないか?と敬遠している方にオススメしたい。確かにこの本の内容は難しい。聖書から論語まで様々な書物からの引用による内容示唆は、その引用物を知らなければさっぱり分からない。
しかしこの本はページの下1/4が文中に出てくる難しい内容の解説になっており、大?内容が理解しやすいのである。
年配の方々からすると「そんなことも知らないのか」「勉強不足だ」と言われるかもしれないが、知らない事は知らないのだ。読んでいて分からないことはすぐ下に注釈があるのは無知な者には大変うれしい。中には中学、高校の歴史の授業で出てきた書物や人物の名前もあり、新たな発見をする面白さ、自分の記憶力の危うさやそれこそ勉強不足を肌で感じる。
この本一冊読むだけで様々な知識が手に入り、なんともお得な気分にもなれると思う。
新渡戸稲造はクエーカー派と呼ばれるキリスト教徒です。
クエーカーは「内なる光」という直感的な「良心」を重視し、
「沈黙の礼拝」を行います。日本の座禅ににている礼拝で、
儀式もなく、聖書に元ずく平和主義で知られているグループです。
アメリカ・イギリス両クエーカーの団体は1947年に
ノーベル平和賞を受賞した経験があります。
一方、翻訳者の矢内原忠雄は内村鑑三の流れを汲む「無教会」という
キリスト教の伝道者で、戦後2代目の東京大学総長に選ばれており、
激務にありながら、毎週日曜日は集会で「聖書講義」を行った方です。
第二次大戦中は、非戦論者として知られました。
そのために、東大教授職を追われた方です。
私たちは、この「武士道」を読むに当たり、
なぜこの純日本的とも言われる武士道精神が、
俗に言う「西洋の宗教」であるキリスト教の信者によって書かれたのか、
静かに考えてみることは、意味があることではないでしょうか。
なぜこの本が、非キリスト教徒によって
書かれることがなかったのか、考えることは大事であると思います。
『武士道』第1章はこうした象徴的な一文から始まる。
桜の花が日本の武士道を象徴するとすれば、西欧の騎士道ないし哲学を象徴するものは薔薇である。
薔薇は強い芳香を持ち、優雅に咲く花である。しかし、その美しさの裏側には棘があり、枯れてもなお散らずに残りつづけようとする生への執着がある。
一方、我々は潔く散りゆく桜の花びらに美を見い出し、その淡い芳香に飽きることがない。
このように、西洋のものが「生の哲学」であるなら、
日本のそれは「死の哲学」であると言っていいであろう。ただしこの「死の哲学」は、「死」を奨励するという種類のものではなくて、むしろ人生をいかに生きるべきかという求道的倫!理的な問題を、万人にとって絶対的な存在である死を出発点として扱おうとする問題意識のことなのである。死というものを身近に感じ、これを受け入れ、日々これに対面することによって死から解放され、むしろ「生きる覚悟」というものが確固としたものとなり得るのである。
これに対して、我々が多く学んできた西洋の「生の哲学」がもたらしたものは利殖と保身と享楽の追及でしかなかった。
このような認識のもとに立つことが出来れば、我々は今一度、「武士道」という精神に学ぶことが大きいであろう。
『武士道』はつまり、
いかに死ぬべきかを問うたものではなく、
いかに生きるべきかという問いに対して
闊達自在な日々の心構えを説いたものだからである。
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