タイトルに惹かれて読んでみたが、書物として読む限りでは著者の意欲や実際の授業での迫力は十分伝わってこない気がする。
著者は、変化が激しい今の時代、これまでの価値観や方法、人生のルールというものは意味をなさなくなってきている。だから武器としての教養とどんなことでも自分で決めていく時代の「決断思考」が必要と説く。そしてその決断思考の具体的方法としてディベートないしはディベート的思考が有効であり、ほぼ最初から最後までディベート思考の具体的方法をいくつかの例をもとに述べている。
思うに、これは著者の東大弁論部-マッキンゼー-独立しベンチャーキャピタルといった華々しいキャリアの中で著者自身が体得し成功を収めて来た方法を、これから現代社会に立ち向かう優秀な若者達に是非とも伝授したいという思いが、京大での授業になり、本著作になったものという気がする。
確かに短時間でスキルを身に着け、効率的に世渡りをしていくには有効な方法かもしれない。しかし、著者の意欲、志向に水を差す気はないが率直な感想は以下の2点である。
その1、大切なのは、知識をではなく物事を正しく掌握し判断する方法を身につけること、というのはその通りと思う。しかしそれはこの本をハウツー本として読み、書かれたことを身に着ければできるようになる、といった性格のものではないのではないか。それは本人の実践・経験の中で身に着ける他なく、著者自身も誰かに教えられた訳でもなく、自分の経験の中で自ら身に着けて来たものではないか、ということ。昔から親父の背中と言われる所以でもあるように思う。
第2は、もっと人間社会の、思考の多様性ということを意識してもよいのでは、ということ。
著者もディベートが総てと思っている訳ではないと思うが、この本からはディベートが総てという風に著者が信じているように思えて来てしまうのである。ヨーロッパ民主主義のConcession, Compromise という言葉はもう少し奥行きも射程も深い気がする。
結論的には、若者が一定の緊迫感、緊張感の中で授業として著者と対峙し、その中でこの方論を身に着けていく訓練としては、その若者が社会への第一歩を踏み出す上で大変有効かもしれない。しかしこの本を読むだけで同様の効果を期待するのは無理があろうと思う次第である。