いきなりあとがきの話で恐縮ですが、あとがきの中で川上氏は、具体的な地名を書くこと、について書いている。小説でもエッセイでもあえてそのことを避けてきたという。
小説の中の固有名詞については今までにも多くのことが語られてきたが、川上氏に絞って言うと、それを書かずにきたのは作品の持つ手ざわりに、土地の名やものの名がそぐわないということなのだろう。今回あえてその方法を変え“私個人のことをはっきり書く”ことにしたこの本について川上氏は“こんなに必死の形相で書いた文章は、もしかしたら初めてかもしれません”と書いている。
でも大丈夫。たとえば“浅草”と書かれた時の“浅草”はやっぱり川上さんふうの浅草だし、鶴巻でのピーナツ掘りの一日も、世田谷のくねくねした車の抜け道も、マダガスカルで世界最大の猿を見た新婚旅行も、北千住の散歩の好きな男の子も、やっぱり川上さんの小説に出てくることやものや人みたいだからだ。でも、今までよりちょっと川上さんのことに詳しくなったような気もするし、今まで思ってたのとちょっと違う川上さんを見たような気もする。
最近読んだ「東京日記」とは、同じような日常を描いた部分でも少しトーンが違う。どっちが好きかは人それぞれだろうけど、私自身は、こんなふうに書きわけられるところが好き、かな。