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正義論
 
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正義論 [単行本]

ジョン・ロールズ , 川本 隆史 , 福間 聡 , 神島 裕子
5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 7,875 通常配送無料 詳細
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商品の説明

内容紹介

「正義」とは何かを考える際に、   その原点となるロールズの「論」とは…… 「ロック、ルソー、カントに代表される社会契約の伝統的理論を一般化し、抽 象化の程度を高めること、私が企ててきたのはこれである。……有力で 支配的な伝統をなしてきた功利主義よりも優れている代替案(「公正としての正義」) を、この理論が提供するだろう。……契約説の伝統に伏在しており、功利主義に取って代わりうる正義観の構造的諸特徴の最重要部分を読者がはっきり理解できるようになり、その正義観をいっそう精緻化しうる理路を本書が指し示すことができるなら、著者である私の野心は余すところなく実現されるだろう。  伝統的な正義観は複数あるが、この正義観こそが、正義 /不正義を見分ける私たちのしっかりした判断にいちばん近似しており、デモクラシーの精神と制度を兼備した社会の道徳的基盤として最もふさわしいものとなる。」(初版序文より)  ロールズはこう書き起こした。この本で彼は、「正義の至上性」に関する私たちの直観的な確信(「社会の制度が何はさておき実現すべき価値は、効率性や最大幸福ではなく《正義》にほかならない」!)を、社会倫理や社会科学の理論と丹念に突き合わせる作業を通じて、その妥当性を説明しようと努めている。

内容(「BOOK」データベースより)

ロック、ルソー、カントに代表される社会契約の伝統的理論を受け継ぎ、功利主義の「最大多数の最大幸福」に取って代わる、著書が構想した“公正としての正義”とは…20世紀の名著、待望の新訳。

登録情報

  • 単行本: 844ページ
  • 出版社: 紀伊國屋書店; 改訂版 (2010/11/18)
  • 言語 日本語
  • ISBN-10: 4314010746
  • ISBN-13: 978-4314010740
  • 発売日: 2010/11/18
  • 商品の寸法: 21.4 x 15 x 5.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.2  レビューをすべて見る (5件のカスタマーレビュー)
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形式:単行本
本書は出ると同時に政治哲学にルネッサンスをもたらした本だが、その原因は一重に社会契約のアイデアを再導入したことにあるので、それについて分析してみたい。
ジョン・ロックの社会契約説。デカルトの方法的懐疑を個人の経験に当てはめ知覚、経験からまっさらな人間による従来の権威伝統から自由な経験論を創出した、タブラ・ラサ。
それを更に社会に当てはめたものが社会契約説である。

社会契約説は個人の選択、判断、エゴイズムに絶対の信頼、基礎を置いている。
同時に全体原理、一度に皆が集まって判断できた、将来の約束の履行を確信できるという前提条件がある。

結論からいうとそんなものはない。そんなことは有り得ない。
裸の自然人たちは、そもそも契約する必要はない。既に慣習に従い仲間内で半ば盲目に半ば楽しいから好きにやっている、行為の集まりがあって、それを機能させるために、
半ば社会化された小さな人間、小さな集団同士の小さな約束の連なりから全ては始まるのであって、社会契約は存在しない。
部族達がうまくやるために寄り集まって同盟ができる、それがハンムラビ法典になるなどはあってもそれは社会人が小さな約束を持ち寄って、慣習化していく長い過程であって、自然人による社会契約ではない。
タブラ・ラサの想定する自然人が最初に全員集まって契約するなど有り得ないのだ。

これは笑い事じゃなくて、フランス革命の暴走や共産主義革命の収容所など、あるいは資本主義や民主主義に連なる慣習も制度も何もないところに、
PKOで選挙を押し付けてこれで問題解決すると勘違いして泥沼の内戦引き起こしたりする、現在進行形の悲劇にもつながる問題なのだ。
バークやヒュームは慣習やそれに支えられた生活を無視した一からの設計主義がいかに危ういか論じたが、社会契約説は現実に大きな災厄をもたらした。

しかし、バークにしろヒュームにしろ、慣習だから正当化するのは、結局、何も答えてないに等しい。
頭の悪いサンデルの共通善なども同じに意味のない思想だ。論点先取である。ださい。
社会契約が危ないから、一からの設計主義よりは危なくないからと言っても、慣習だからと暴政が不当支配が不正が正当化されるなら意味ないではないか。
では基準は何なのか?

人は何故、約束をするのか?それは約束を破られるためである。
当たり前だが。
約束したのだから、守らないものは罰を与えるのテロリズムでは、結局、収容所へ、暴政に転化する。

約束を守らせるように互いに努力しあうことは重要だ。しかし、贈与は見返りを求めたら贈与じゃないように。約束は必ず見返りを求め暴力的に履行を求めたらそれは約束ではない。ルソーがテロルの道を開いた唯一の過ちだ。
必ずの履行を求めたら約束は約束ではない。理性のテロリズムとはそういうことだ。

約束は守られない。約束は破られる。それでも約束し、将来の可能性にかけること。

社会契約の想定する個人の全能の判断ではない、常に予測できない他者との不確実性の中から、
個を越えた立場から個にとっては結果として望ましいか否かわからないが、それでも全体にとって未来にとっては良いのだとの決断。
約束は破られるからとの引き受けがなければ成り立たない。

また、これはロールズを批判したアマルティア・センの問題にしたことでもある。結果のみの平等を問題にした、ロールズの社会契約論に対し、
過程をそれぞれの人間の自己実現としてのやりがいの平等や障害者への社会参加の問題でもある。
個人的で全能で結果だけを問題にしてしまう、結果を見通した全体性の社会契約論への反対。
不十分で見通しが立たないからこそ努力する。
そういう人間の根源的あり方への問い。

社会契約説は論理的に全てを見通せる個人の存在を前提としているのだ。
そこには、ルソーさえ避けられなかった、設計主義の誤り、全体主義的危うさがある。時間の果てまで、見通して、
少なくとも大きな部分では変更しないでよしとの目算が立たなければそもそも社会契約などは怖くてできない。
しかし、それは必ず、現在は社会参加できなくて、マキシミン原理にさえ引っかからない他者の参加可能性を排除する。
センの批判したように。

ロールズの社会契約の議論をあくまでも仮説だとか、事実の問題ではなく、規範的議論だと弁護する向きはある。
でも、現実的に有り得ない、有り得なかったものを仮説として議論して何が有効なのか?
規範的議論としても、ここで見られるように根源的に欠陥を抱えているのではないのか?
無知のヴェールとはタブラ・ラサを言い換えただけではないのか?
結局、社会契約説の危うさを抱え誤魔化しているだけではないのか?

本書はそういうことを考えるための叩き台として利用していただければ幸いだ。
正義について考えるために優れた重要な著作である。現在の古典である。
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37 人中、26人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
独特の論旨展開、西洋近代の価値を前提とした立論はリーダブルであるにしても、評者の方が言われるように本書の欠陥ではある。しかしながら、格差原理により展開される極めて具体的且つ徹底した公正さの実現の主張は、やはり傾聴に値するものであり、とりわけ実質的なカウンターパワーを喪失した資本主義社会を生きるに値する社会に変えうる殆ど唯一の理念であることは確実であると思う。今こそ切実に考えるべきは、サンデルではなくロールズであろう。優れた翻訳である本書を機縁として、多くの方が閉塞した現実にどう向き合うべきか考えて戴ければと思う。
このレビューは参考になりましたか?
17 人中、12人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
形式:単行本
この低い評価は、本の内容とは一切関係がない。これは、本書の出版物としての評価だ。

掲題の通り、値段が高すぎるのだ。

7875円。これが適正な価格なら何も文句はない。黙って、1か月ほど昼食を100円のパンにしよう。

しかし、はたしてこの価格は適正なんだろうか?

この本のページ単価は9.3円だ(7875円/844頁)。

類書と比べてみよう。

ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』のページ単価は9.8円(5775円/586頁)。

これだけ見ると、なんだ、紀伊國屋書店は頑張ってるじゃないか、と思うかもしれないがそんなことはない。

ノージックの本を出版してる木鐸社は、専門書だけを販売してる小さな出版社だ。対して、紀伊國屋書店の規模は説明する必要もないだろう。宣伝にかけられる費用も違えば、配本数も違うだろうし、まして、大型書店のやってる出版事業がどれだけのアドバンテージを持っているか、門外漢でも容易に想像がつく。

そもそも、著者の知名度や学問的な重要度も異なる。見込んでいる売上部数が同じなはずはない。私の勝手な想像だが、ノージックの本は2000部ほどを見込んで設定された価格ではないだろうか(学術書は普通そんなもんだし、この本は以前出版された上下巻版の合本だから)。しかし、ロールズの『正義論』が、2000部ないし3000部を割るなんてことはありえないはずだ。

この本には、前の翻訳が不評でしかも絶版、長年新訳が待望されてきたという経緯がある。しかも前の訳本が出版された時代と違って、ロールズの『正義論』は古典としての地位を十分に固めている。大学で政治学や倫理学の講義を受ければ、必ず参考図書として名前が上がるだろう。大学図書館や公共図書館に買われるものだけでも相当な部数になるはずだし、教員たちが研究費で買う部数だってかなりのものだろう。

さらに、紀伊國屋書店が売り文句にしているように、この本が出版されたのは、サンデルが正義論ブームを巻き起こしていたときで、ベストセラーになったサンデルの著書でも、ロールズの『正義論』は熱心に「宣伝」されていた。売れないわけがないじゃないか。

にもかかわらず、零細出版社(失礼)が出している、ロールズの批判本とほとんど価格設定が変わらない。これはどういうことなんだろうか。

(ノージックの本を例にとったが、明石書店が出してるアマルティア・センの『正義のアイデア』の価格を見た方が分かりやすい。こちらはページ単価6円!どれだけ紀伊國屋書店がぼってるか分かるだろう。)

ノージックの本の価格が需給関係を利用して吊り上げられてようと、彼の哲学を鑑みれば筋が通っているかもしれない(念のため言っとくと木鐸社の設定している価格が不当に高いということではない)。しかしロールズの本でそれをやるというのはありなんだろうか。訳者の川本氏に聞きたいが、ロールズの正義論は、こういった形での価格のつり上げを容認するのだろうか。

しかも、訳者の川本氏は、前の邦訳版を、「高価である」と批判してるのだ。訳もおかしいし高価だから、3000円でお釣りがくる原著のペーパーバック版を買って読んだほうがいいと彼は書いていた(講談社『ロールズ-正義の原理』p283)。

批判されている矢島鈞次訳の『正義論』は、定価6830円。本書より1000円安い。どういうことなんだろうか。

ちなみに、川本氏が言うとおり、ペーパーバック版の正義論は2400円で買える。海外では、ドイツ語の訳本は19ユーロで売られてるし、フランス語版に至ってはなんと10ユーロだ。日本の訳書の高さが異常に際立ってるのだ。海外の本はペーパーバックだから安く済んでるというなら、ペーパーバックで出せばいいだろう。立派なハードカバーで出して、研究室に鎮座させておくのがそんなにありがたいことなのだろうか。もし筑摩とか講談社あたりが文庫で出してたら、もっと安くなっていただろうし、学生や私のような貧乏人も気軽に本書を手にとれただろう。

欧米の価格設定が、知を普及させるという使命を負ってのものなのかどうかは知らないが、この本を出版した日本の出版社と学者にそんなプリンシプルはないことははっきりしている。

「ロールズの『正義論』は日本では、98ドル(80円/ドル)もするので貧乏人には手が届かないんです」

こんな話を海外の人が聞いたらジョークだと思うんじゃないか?
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