彼ほど後生評価の分かれた科学者はいないだろう。昔は、「赤ん坊の頃、手に火傷し、手術を受け、その後、米国に渡り、世界的な医学者として黄熱病で死ぬ。」という聖人君子の人物であった。しかし、その後、傲慢であったとする評価がでて以前のような『子供達の憬れの人物』から除かれてしまった。しかし本書を読むと評価が新たに変わると共にその人生の波瀾万丈さに血沸き肉躍る感さえする。彼の本質は福島人の「おはら正助」的要素と会津人である母シヅのもっていた「教育を大事にした考え」からなるという。また初期の彼を支えたのが「語学に対する天賦の才能」であったことは知らなかった。寝食を忘れて研究する態度にも驚かされるし、暗殺説も興味深い。『猪苗代湖』の湖畔から出て米国で成功するには大変な努力が必要だったことも理解できる。