五木氏は親鸞の半生を描いた
親鸞 (上) (五木寛之「親鸞」)だけでなく
私訳 歎異抄という五木訳と原文を並べたハードカヴァーの本も出しているのに、
なんでまた新書のかたちで出したんだろう。
今新書ブームで、各出版社は月何冊というノルマがあるんじゃなかろうか。
そのノルマを果たすのに、内容重複だけど、ちょっとおまけの対談なんかつけて、
先生ひとつお願いします、ということで出したんじゃないかな。
別に目新しいことが書かれている本じゃありません。
ただ最初の章で五木氏が書かれていることは、面白く読みました。
現在は数百年に1度のパラダイム転換期。(これは経済界・思想界、いろんな方が言ってる事です)
ルネサンス以来のヒューマニズムが終焉をむかえている、鬱の時代。(これは氏のオリジナル?)
だから時代はドフトエフスキィを求め、歎異抄を求める。
ヒューマニズムの終焉というところに、成る程と感じ入りました。
神が死に(勝手に殺すなって言われても…ニーチェに文句いってください)
人間が死に(生物学的に滅びるという意味ではありません)
そのあと、なにが来るっていうんでしょう!
歎異抄は第13章(章っていっていいのかな?)が私には一番興味深いです。
歎異抄での悪の問題は、宿業ということが曖昧なままでは、語れません。
でも宿業って、歎異抄の中では現代人には一番ぴんとこない言葉じゃないのかな。
以前テレビで、「なんで人を殺しちゃいけないんですか」って訊いた高校生がいたらしいですが、
その場に親鸞聖人がいらしたら、なんてお答えになったでしょうね。
きいてみたいなぁ。