学徒兵の戦争体験を短歌で綴る。その内容は非常にショッキングである。著者は中国に出征して新兵訓練を受けるが、そこで目隠しした中国兵捕虜を杭にくくりつけ銃剣で突き刺すという「刺突(しとつ)訓練」が課せられる。著者はなんとその訓練を拒否するのだが、その一部始終が歌によって表現される。さらに女スパイの拷問死、戦友の逃亡、内務班でのリンチ、凄惨な戦場シーンが即物的ともいえる描写を通して詠まれる。
著者が刺突訓練を拒否したのは希有なことである。戦地での抗命として死をも含む処罰を覚悟しなければならない行為であった。事実その後制裁がくりかえされる。著者はその動機を「殺すな」という神からの声であると説明する。キリスト教徒ではない私にはそのあたりの機微はわかりにくい。「平和」な世に生きることを許された我々にとって刺突訓練は想像するだにおぞましい出来事であるが、そのようなモラルや生理的な抵抗を打ち砕くために実施される訓練なのだ。考えたくないことだが、かくなる状況に至ったとき果たして私が拒否できるか、そのことを思うと戦慄する。狂気がすべてを支配していたとき、尚も正気をもってとどまり得た人間がいたことは驚くべきことであり、希望の証である。
しかし、一方で疑問も抱いた。歌集の「湖水作戦」では著者は通信兵であったため自身武器をとることはなかった。日本軍の残虐な行為をつぶさに記しても、自らは直接関わらないという立場が歌には現われている。しかし、銃撃訓練はあっただろうし、歩兵であった時もある。捕虜の虐殺は拒めたが、戦場で銃を持って敵と向かい合うということはなかったのだろうか。そのような状況においても「殺すな」という教えを守れたのだろうか。
天皇や大臣の戦争責任への鋭い問いかけ、上官の命令のままに動かされる兵士の哀れさ、日本軍の焦土作戦に苦しむ中国民衆への同情が歌には溢れている。いわば完璧な反戦歌として現代の我々にも十分同感できる内容だ。しかし、それ故にというべきか、あまりにも一貫して整理された印象がある。
歌集の歌は戦地で詠み、内地送還の際は軍衣袴に縫いこんで持ち帰ったという。公刊されたのは約45年後であるが、歌はもちろん推敲されただろう。戦地で詠まれた歌と歌集の歌との異同は読者として非常に興味ある。あらゆる回想記は歳月に伴う合理化を免れることはできない。ましてや戦場という極限状況の体験だ。体験と折り合いをつけ公表するまでの精神的格闘は想像するだに余りある。45年という歳月をかけて熟成された体験がここにはあるのだと思う。