改めて考えてみれば「歌謡曲」が何であるかを説明するのは案外難しい。日本独特のポピュラー音楽の一つで,言葉ではうまく説明できないが日本人なら誰でも知っている。好きな曲の二,三は誰でも歌える。昭和の時代,日本全体の発展に呼応するようにその萌芽があり隆盛を迎えた。その輝かしい時代の作品の数々は,流行り廃れはあるとはいえ,その時代には間違いなく多くの人々の心を掴んだものだ。本書で振り返られているとおり,優れた作品は質・量とも目がくらむほど豊かであり,世界に誇りたいほどである。
本書は,歌謡曲の歴史をより様々な視点から,出来る限りもれなく包括的に捉え,歌謡曲史の教科書たり得んとする気迫に満ちた力作である。
時系列的に,大きなトレンドの変化のあった1960年代,70年代,80年代と章を分けて論じている。その各章は全体を大きく捉える「概説」と,その時代を代表する何曲かを選んで詳述する「各曲編」から成り立っている。
取り上げられた各曲に対し,歌手・作詞・作曲・編曲の重要要素について詳しく語られ,これらの要素を如何に巧みに組み合わせて時代の空気を体現し,傑作が作られたかを熱く語っている。「総合芸術としての歌謡曲」の立証に力がこもる。
このほかにも録音技術の進歩や,デジタルのシンセサイザーによる「打ち込み音楽」の出現など技術の進歩も重要であるとし,これについても十分な説明がなされる。また旋律の説明では“ソラシシシソミ”のような「文字楽譜」を駆使するなど工夫されており,譜面を挙げる面倒を避けている。知っている曲ならばこれで十分言わんとすることは伝わる。
各曲とも熱を込めて語られ,著者のいずれの方面での知識も豊富な事には舌を巻く思いである。但し,「この歌手や曲は入れて欲しかった」とか「この曲がそんなに重要とは意外だな」と言った思いは読者各様にあると思う。こういった愛好者毎の思い入れを自由に語れるのも歌謡曲の良いところだ。
それにしても歌謡曲全盛時代には「歌謡曲などいくら流行ったところで所詮はすたれるもの」と見下す風潮があった。それが全盛期を過ぎた今振り返ってみて,その何物にも代え難い魅力や価値を改めて見いだし,総合大衆芸術として高く評価することになる。人の心の移り変わりの不思議さにも思いを馳せることになった一冊である。