20006年が生誕100年だったジョセフィン・ベーカー(1906−75)の知的刺激に満ちた伝記である。ジョセフィン・ベーカーといっても若い世代には知られていないかもしれないが、ある年齢以上の人々にとっては伝説的な歌姫である。彼女が伝説となりえたのはなぜか、彼女の生涯が我々の心を揺さぶり続けるのはなぜか、を知りたければ本書を読めばいい。
黒人差別の激しい1920年代にニューヨークで芸を磨いたあとパリに移り、その表現の豊かさと自然な躍動感あふれる踊りで瞬く間にスターとなり、フランス国籍もとったジョセフィンだが、30年代・40年代の帰国公演の際に受けた人種差別の屈辱をバネに50年代には公民権運動のチャンピオンとなる。50年代は「アメリカの時代」だったが、人種差別の陰湿さは桁外れでもあった。この状況に戦いを挑むジョセフィンは第五章「ある晩、ニューヨークのストーク・クラブで」に劇的に描き出されている。私がもっとも興味をもったのがこの章である。また、もっともショックを受けたのは、アメリカ時代の若いジョセフィンの「ピカニニー姿(ステレオタイプ化された黒人の女の子を滑稽化して見せたショー)」の写真だった。
ジョセフィンは第二次世界大戦中は自由フランスのレジスタンス闘士であり、後にレジオン・ドヌール勲章を授与されている。また、レ・ミランド城で「虹の部族(世界中から集めた12人の養子)」に具現される理想の平等社会をつくろうと20年余にわたって献身したことこそ彼女の一番の誇りだったろうが、著者は世界中を回ってジョセフィンの企ての意味に迫っている。
失敗もあったが、人間の尊厳を求めて、一生パフォーマーとして人々を魅了し、全人類の平等を求めて戦ったジョセフィン・ベーカーという人間は矢張り忘れてはならないだろう。ぜひ読んでおきたい一冊。