六代目が山川静夫アナを相手に、先代(五代目)から86年当時までの、二代にわたって歌舞伎界に君臨した歌右衛門の歴史を聞き語りする。五代目歌右衛門がまだ福助の頃、明治二十年に初めて行なわれた天覧歌舞伎に出て(演目は勧進帳)、やがて菊団左と並び称される存在となり、同時に歌舞伎のステータスが飛躍的に向上するというあたりから説き起こすのですから話は長い。六代目は五代目の長男、福助が若くして死んだことから、児太郎から福助を襲名し、やがて大成駒となっていくのですが、実は、生まれながらに左腰を脱臼しており、子どもの頃に大手術を二回やったそうです。
中盤で面白かったのは、吉右衛門一座の立女形となった歌右衛門さんは第二次世界大戦の戦局が悪化するにつれて頭を坊主刈りにしてゲートル巻いて国民服を着て慰問に精を出し、菊五郎から初めて「藤夫さん、偉いね」と褒められて嬉しかったとか、《慰問に行くと、帰りに羊かんをくれたり、石鹸をくれたりするんだけれども、それが何よりの楽しみでね。その石鹸がね、いま思うと牛乳石鹸なり、それをコマーシャルで見るたびに、「ああ、軍の慰問に行ったときには、牛乳石鹸貰ってうれしかったな」って、いまでも思うのよ》(p.84)あたり。にしても、《思うのよ》ですからねぇ。素晴らしい。