この録音に関するカルロス・クライバーの賞賛の言葉にベームは喜んでいたという。ただ、彼の指揮に全盛期ほどの鋭さ、機能性はなく、細かい箇所で緊張感が途切れる瞬間もある。しかし、ツボをおさえつつ、迫力ある音楽を作っていく手腕はさすがというべきか。壮麗かつ透明度の高い音作りは旧録を凌いでいる。映像は、アガメムノン登場のシーンを除いて、説得力がある。特に、クリテムネストラ登場のシーンが凄い。歌手では、リザネクは歌は優れているが、彼女のリップシンクロはあまり良くない。ヴァルナイが演技面で怪物的な存在感を見せており、これだけでも見応えがある。蛇足だが、シェトレの「指揮台上の神々」に、「ラルフ・ホスフェルトという指揮者が、動けないベームのかわりに録音した。ベームは一部のために病院から搬送されたが、結局録音できなかった」と書いてある。しかし、輸入版に付属しているドキュメンタリーには、一回り小さくなったベームがオケを叱咤激励しつつ録音を行っているシーンがほぼ全曲を通じて収められており、本の記述はガセであったことがわかる(確かに、ホスフェルトは画面に頻繁に登場しているが、歌手をまとめるアンサンブルコンダクターに過ぎない)。