武士(もののふ)の矢並つくろふ小手の上に霰(あられ)たばしる那須の篠原 (源実朝)
古今調の作為性をボロクソにけなした本書の中で、真っ先に子規が称揚したこの歌は、子規の「写生」観を体現しているように思う。しかし、この「写生」とは、「内面(/主体)」という近代的な思考フレームを「風景」に照射した叙景だったのであり、この意味では万葉や蕪村といった古典を再評価するにしても、極めて近代的な視点での再評価を子規は行ったのだと言って良い。(この辺は柄谷行人「日本近代文学の起源」が詳しく論じている。)
興味深いのは、子規自身がその点には自覚的だったことであり、たとえ客観的なような描写をしていても、その情景に感興を見るのは読み手の主観であるから、そういう意味では、本来、表現行為とは単純に「主観的/客観的」と分割できないものだと語っている。つまり「写生」に足る風景なり描写というのは、飽くまで究極的には子規の目(主観)を通してフィルタリングされているに過ぎない訳なのだが、結局、彼はその辺の理論的な精緻化は行わず、「写生」という文学コンセプトで持って古典の再評価や俳句の革新運動に没入していった。それは、少ない余命を意識した人生の中での取捨選択の結果、文学史や伝統的歌謡論の書き換えの運動に優先順位を置いたということだと僕は思っている。
そして、結果的に彼の残したフレームを通して、芭蕉や蕪村の見ていた景色が「文学的風景(=写生された風景)」として今日鑑賞されることが多い訳だが、その点で子規は近代主義のイデオローグとしても足跡を残したと言っていいはずだ。が、一方で本書における彼の語り口はとても平易で、上記のような晦渋な屁理屈とは対極の、あっけらかんとした広さとユーモア、そして熱さが文章から放射されている。色んな意味で、この人は明治を体現した文学者だったんだなあ、と思います。