ディッシュの中短編の傑作もたいていそうですが、一読して、SFという看板は別にいらないんじゃないかな、という気がする作品です。
メインストリームに近いとか、ジャンルを超えているというレベルではなく、普通に小説として成立しています。
大きな理由としては、主人公が「飛翔」を人生の目的としながら、決して妄執としていないこと。目的に向かって画策や努力はもちろん重ねるけれど、日々の糧のため、快楽のため、降りかかる災難からの逃避のために毎日を生きぬいている様子が大変リアルです。
収入が増えると浪費が始まる点なども説得力があり、SF的なヒーローではない普通の少年の成長物語として優れています。
舞台は閉塞的で貧しくなる一方の近未来世界ですが、「飛翔」を、そこからの脱出や解放、未来へ希望の象徴と考えるのは、ちょっと安易にすぎると思います。
ディッシュという作家の資質からしても、そんなにシンプルな発想だけでこれだけの重層的な作品を書くとは思えません。
別にモラルやイデオロギーの面で大きな意味を持たないことでも、それ自体が自己目的化してしまうような強い憧憬、主人公にとっての「歌」と「飛翔」はあくまでそういった、少年の日に出会ってしまった夢と考えたいです。もちろんその裏に、憧れの対象を「飛翔」に求めずにいられない現実があるにせよ。
だからこそ、文字数としては少ない「飛翔」のSF的説明がよけい説得力を持ち、やはりSFの看板を掲げてくれてよかったな、と思える作品になっていると思います。