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歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書)
 
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歌う国民―唱歌、校歌、うたごえ (中公新書) [新書]

渡辺 裕
5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 882 通常配送無料 詳細
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合計価格: ¥ 1,880

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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

日本人の心の原風景として語られることの多い唱歌だが、納税な郵便貯金、梅雨時の衛生などの唱歌がさかんに作られた時期がある。これらは、ただひたすらに近代化をめざす政府から押しつけられた音楽でもあった。だが、それさえも換骨奪胎してしまう日本人から、歌が聞こえなくなることはなかったのである。唱歌の時代から「うたごえ」そして現代までをたどる、推理小説を読むような興奮あふれる、もう一つの近代史。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

渡辺 裕
1953(昭和28)年、千葉県生まれ。83年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程(美学芸術学)単位取得退学。大阪大学助教授などを経て、東京大学大学院人文社会系研究科教授(文化資源学、美学芸術学)。著書に『聴衆の誕生―ポスト・モダン時代の音楽文化』(春秋社、サントリー学芸賞受賞)、『日本文化 モダン・ラプソディ』(春秋社、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞)など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

登録情報

  • 新書: 293ページ
  • 出版社: 中央公論新社 (2010/09)
  • ISBN-10: 4121020758
  • ISBN-13: 978-4121020758
  • 発売日: 2010/09
  • 商品の寸法: 17.2 x 11 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.5  レビューをすべて見る (4件のカスタマーレビュー)
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By recluse VINE™ メンバー
面白い作品です。アプローチはバランスが取れたものです。大きなテーマは、「国民音楽」というイデオロギーの興隆です。それは保守でもなければ、西欧音楽の模倣でもない、折衷による創生なのです。この流れが、克明にたどられます。変わるもの、換わらないものの抽出、そして時代の政治社会的な文脈が丹念に押さえられ、この日本の近代のドラマが音楽というフィールドで描かれます。東京音楽学校、唱歌。卒業式の歌、校歌、県歌、歌声運動などが従来の一元的な国民設計の角度(ナショナリズムや社会主義リアリズムの亜種)からではなく、多面的な上下、水平、新旧の力学の中で、その実態、意図と意図しない結果を含めて、はらんでいたアポリアが丹念に描かれていきます。おそらくこの国民音楽という流れは、敗戦で断絶することはなく、70年の万博のころまで続いていたことが示唆されます。「しかし、根っこの部分で何かが確実に変わりました。」というのはいいえて妙です。さて、今度は、どういうイデオロギーが、新しい現在の文脈の中で、その変容した姿を見せるのか?
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10 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
●なぜ、卒業式が「仰げば尊し」から「旅立ちの日に」に変わって来たのか/なぜ、長野県民がみな県民歌「信濃の国」を歌えるのか/「ちょうちょ」の歌詞は昔はすこし違っていた/などなど、唱歌・合唱歌をめぐる興味深いトピックスが満載で楽しい(たくさんの歌や踊りが登場するが、その多くはYouTubeなどで視聴できるので、知らないものについては確認しながら読むとより楽しめるだろう)。

●しかし、著者は、これを単に面白いだけに留めてはおかない。時代の流れ(ときに国粋主義、ときに左翼思想)に振り回され利用されてきた感のある「ひとびとの歌」というものを文化コンテクストの中で正しく捉え直し、歌というもののが(右や左といった)単純な図式に収まりきらない力強さを持つことを開示する。

●ひとつ難を言うならば、文化コンテクスト論の講釈が多すぎる。そう何度も論を確かめ直さなくても、本の内容(コンテクスト!)から読者が自然にそれと納得できるよう仕向けるのが執筆者の力量というものではないか。
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11 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
 この本を読んでいると、何とか読者の興味をつなぎとめよう、一つでも多く興味深い実例を挙げよう、といった筆者の意図が透けて見えてしまいます。
 これまで「芸術」とされてきた文化領域を政治、経済その他の様々なコンテクストを通して捉えなおす研究方法自体は、もはや新しくはありません。筆者は明治以来、音楽が「国民づくり」のツールとして扱われ、それが戦後も、日本の音楽文化の中に「換骨奪胎」や「流用」を通じて存続してきたと述べています。しかし、現代日本の音楽文化を論じる段になると、テレビドラマが話題になったとかニコニコ動画のコメントがどうだとか、筆者自身も認めているように統計的に調べたものでもなく、実証性の点で弱い議論に流れていきます。

 なぜ実証性を求めるかというと、私自身が、「校歌」やコミュニティ・ソングというものに全く郷愁を喚起されない人間だからでです。私は逆に、筆者がかつて専門としていた(そして本書で唯一、否定的なニュアンスを与えられたまま放置されてしまう!)「芸術」としての音楽を愛しています。そのような人々の存在を無視して、日本の音楽文化を論じられるものでしょうか?
 本書の、まるで子供に「どうですか、音楽は『芸術』としてだけ捉えるものではないのですよ、分かりましたか」と説き聞かせるようなくどい説明を読むと、かつて『マーラーと世紀末ウィーン』を書いた筆者が、わずか20年足らずで「芸術」としての音楽から完全に背を向けたかのような、言葉はきついですが、変節さえ感じさせます。だから最後に「私は何の本を書いたのでしょうか?」などという言葉も出てくるのでしょう。これは自分の立場に自分で納得していないことを認めたようなものです。

 本書が研究書として体系的、理論的であれば、私もこれほど厳しい批判はしません。出版業界の厳しさは、筆者のような地位にいる学者が自分も納得していない本を書く言い訳にはなりません。業界が厳しいのならなおさら、筆者よりも若く、もっと理念や学問に忠実な研究者に、研究発表の機会を譲るべきだからです。
 文化がその時代と共に変化すること、価値観や理念も変化することは、今ではほぼ常識と言えるでしょう。しかし、学者たるもの、もう少し頑固に何か一つでも理念を抱き続けなければ、ブログでエッセイを書いている趣味人と大して変わりません。
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