王家衛監督作品としてというよりアジア映画として記念碑的な作品です。
実際、観客の目に映る物語の舞台は香港から途中でフィリピンに移動し、
また劇中人物の台詞や使用言語からマカオや上海などアジアの諸都市が連想されます。
更には、香港を代表する明星たちを起用したため、
どのキャストにもそれぞれこの人を主役にしたスピンオフも
見たいと思わせる魅力があります。
特に前半はマギーに片思いする警官、
後半は船乗りに転身しヨディに再会する役を演じたアンディ・ラウは、
破滅的な人生に半ば自己陶酔している主人公ヨディを一蹴するくだりで
主人公とほぼ等量の重みを持って観客に迫ってきます。
レスリー・チャン演ずる主人公ヨディは身勝手で残酷ゆえの悪魔的な魅力があり、
マギーやカリーナ・ラウが扮する女性たちやジャッキー扮する友人ばかりでなく
観客をも魅了します。
彼の語る「脚のない鳥」の話は彼自身の象徴であると同時に
聴き手をも掴みどころのない不安に陥れる魔力を備えており、
この作品では両性具有的なレスリーの雰囲気と
魔性的な役どころが一分の隙もなく邂逅しています。
しかし、その一方で観客の冷静な感慨としては、
ヨディの設定も台詞も物語的な装飾があまりにも過剰で気障っぽく
本当には共感し得ない感触を受けざるを得ないので、
アンディが演じた役はそうした観客の現実的な視点を代弁し、
「脚のない鳥」の生き方を相対化する役割も果たしています。
こうした視点を明確に入れている点に後続の作品にない清新さを感じました。
また、登場人物のモノローグで感情を説明する手法がこの映画では多用されており、
主人公の実母のモノローグまで入れたのは少し余計に感じましたが、
漂白していく主人公を巡る切ない視点を新たに明示したと考えれば了承できました。
「花様年華」「2046」へと続く王家衛映画の原点となる作品です。