白洲次郎という今や伝説の人であるかもしれない外交家、政治家、実業家を内から見た「父親」かつ「男」として末っ子であり長女の桂子(かつらこ)が綴る。
はたから見れば、まさに華麗なる一族であり、住む世界が違うのだけれど、実は何処にでもありそうな家庭がある。そこにまた白洲次郎と言う、「従順ならざる唯一の日本人サムライ」が見えてくる。
筋を通す、ブレない思想、権威に動じない。遺言の「葬式無用 戒名不用」は有名である。
白洲家と樺山家という名家同士、次郎と正子の結婚は必然だったのであろう。喧嘩が絶えないと言いながら、楽しい会話があり、自由に生きる家族。料理をしない(出来ない)、けれども文学賞を受賞したり骨董分野での才能は多くの人に認められる母、正子。
もちろん、次郎の功績は知らない人はいないであろう。マッカーサーと対等に向かい合い正論を通す、まさにサムライとしてのエリートであろう。
そんな、庶民から見れば雲の上の様な夫婦を、娘が観察すると、別の視点と評価があるのが面白い。また、政治家、学者、有名人との付き合いの逸話なども興味深い。
そこには、普通に近所に居るおじさんに近い次郎であり、子供のような性格の正子である。
最後に桂子が次の文章でまとめる。
父はただただ不器用に私たちを愛してくれたのだと思います。父に申し訳ないのですが、今思いつける、父に教わったことといえば、日本人によくある西洋人を恐れるという気持ちがない、ということぐらいです。 ただし、親が自分たちの子供の将来に理想を描くのは当然のことですが、言葉に出してああせいこうせいと言っても無意味なように思います。中略。私が曲りなりにも、世間様にあまり迷惑をかけずに生活していけるのも、結局両親のおかげだと、思わざるを得ません。