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また、「家」が戦争を起こす中世ヨーロッパ的な戦争のにおいがあります。
100年戦争や薔薇戦争のような趣があるのです。
家族意識が遠のいた現代という時代であえて「家(血縁)」を描く面白さに気づく。
そして、ニュータイプという言葉が風化して単にパイロット特性のある優秀な軍人として認識されている所にも面白さを感じます。
ガンダムでニュータイプ研究所なる如何わしい組織があるように、ニュータイプは戦争の産物でしかなかった。
もっと言えば大量生産出来ない人間兵器の別称でしかなかったと結論出来る。
ニュータイプは否定しないけど、それはF91のラストで見せた他人を感じ取る感性であると思いたい。
何故「Z~CCAまでをひとまず置いておいて」と書いたのかといえば、富野氏のニュータイプ論が暴力的に発散されていて絵空事過ぎるからなのです。
ニュータイプ(新人類)は、こうあって欲しいという世代論で終わらせているF91が私は好きです。
このようなガンダムが作れるのなら、安彦良和さんに現場復帰して欲しかった。
確かに物語の構成が急ぎ足で褒めれるデキではないけど、再評価されるべきガンダム(映画)です。
主人公もヒロインもそれぞれに家族に問題を抱え、そしてそれに悩み続けています。
主人公の母親は仕事に没頭するあまり家を空け、ヒロインの一家は家族内での憎しみが絶えません。
物語の進展に合せそれらが変化していき、そしてそれぞれの家族の有り様がそのまま結末に直結していくのです。
また、宇宙時代の共和制に限界を感じたロナ家が提唱するコスモ貴族主義。
『市民は戦争か!ら逃げても構わないが、貴族は逃げてはならない。自ら血を流す事を厭わぬ者こそが世を統べる』
奇しくもロナ家の敵対者となった主人公シーブックは、仲間のため自らの血を流す事を惜しみません。
それに相対するはコスモ貴族主義を掲げながらも、実際には人生から、そして自らの手を汚す事から逃げつづけた鉄仮面。
この両者の激突も本作品の見所のひとつです。
そして主人公の母親の手で作り出された新たなガンダムであるF91と、鉄仮面が作り出したバグとラフレシア。
いのちの為に使う事が出来た機械と殺戮のためだけの機械。
この対比も見事と言えると思います。
宇宙の妖花を操る、弱さを仮面で隠した鉄仮面。
それに挑むのは王者の顔に鉄の仮面を付けたガンダムと、まさに王道を行かんとする!少年。
勝利を手にするのは一体どちらの鉄仮面なのでしょう?
この作品はあらゆる意味で新たな時代を切り拓かんとするガンダムです。
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