『ガンダムOOセカンドシーズン』最終巻です。声優陣の配役、その演技、画質、音楽、OP曲、ED曲。それらはまさに最高水準の出来映えで、「メメントモリ攻略戦」あたりまでは、とても楽しめた作品でした。
しかし、TV放送を最後まで観た結果、欠点が多々見えてしまったのも、また事実です。
原因は他の方も書かれている通り「登場人物が多過ぎた」「序盤と終盤でテーマが変わっている」点に尽きます。
登場人物一人ひとりの物語を描くには話数があまりにも短かった。その結果「なぜこの設定・キャラが存在したのか解らない」状況が頻発してしまった。グラハム、ネーナ、アニュー達は、まさにその犠牲者です。『SEED』のように一期で一年、二期でもう一年とれたら、また違ったのだと思いますが……。
テーマの変化も大きな減点要素です。一期では「戦争根絶を、たった四機の、超科学で製造された人型兵器で成し遂げる」設定に無理がありすぎました。故に「その誇大妄想的な理想論の裏に何かあるのだ」と視聴者に読ませることで、二期へと期待をつなげたはずでした(まさかあんな裏だったとは!)。
二期は最初「贖罪のための戦いを不利な戦況の中で続け、大国のエゴと踏みにじられる人々の悲哀を描く」ように見せておきながら、後半では「人類の超越と外宇宙の種との対話へのプロローグ(エピローグにあらず)」にテーマが変わってしまっています。
戦争だけで、民衆の意志も政治交渉も描かれず、さらに後半では「人造の種」対「進化した種」の対決になって、「リボンズというイノベイドが、イオリアの思惑を外れて謀反を起こし世界を歪め、彼を斃すことが正義と平和に繋がる」という、解りやすいというよりはご都合主義の話運びに激変してしまいました。この無茶苦茶な不時着ぶりは『SEEDデスティニー』のラストとほぼ同レベルで、極めて低く評価せざるを得ません。
「外来種との接触」は、水島監督が一貫して持ち続けたテーマと語っていらっしゃいましたから、どう転んでも最終的にはこういう話になっていたのでしょう。
しかしその結果、一期から二期中盤にかけて掲げた「戦争根絶」も「現実の戦争の酷さ」も吹き飛んでしまいました。故に設定とキャラの未消化の問題が生じ、出だしとはあまりにかけ離れた、現実離れ・浮世離れしたオチになって、未完のまま劇場版に続いてしまったのでしょう。刹那の変化も、成長、進化というよりは、話の都合による飛躍に近く、ラストの自己正当化っぷり満点な台詞には、こっ恥ずかしくて正直ついていけませんでした。一番納得できたのは、罪と矛盾に苦悩するアレルヤの心理だったので、個人的には彼を主人公にしてほしかった……。刹那は何でも簡単に結論を出し過ぎです。
色々な点が残念。美点と欠点を差し引きして星は三つとさせていただきます。