第一期の欠点が嘘だったのではないかと思えるほど質が高い「ガンダムOO セカンドシーズン」。その第一巻です。
TV放送を観て驚嘆したのは、出だしから衰えることなく続く、美の数々。画面から伝わる重厚さ、戦争アニメとしてのリアリティ、画質の高さ、音楽のマッチング……その全てに、現在のアニメでは最高峰と言って良い美しさがあり、とことん引き込まれました。物語展開にも無駄がなく、その巧みさには唸ってしまうほどです。第一期ラストから四年経ち、刹那たち登場人物も充分な人格的重みを備えており、台詞にも上っ面だけではない格好良さが感じられます。特に沙慈とルイス、ソーマ・ピーリスの扱いは見事の一言。この三人の存在が、戦争ものを描く上で欠かせない悲劇性を物語に与えています。
GN粒子搭載型モビルスーツ同士の戦闘も大迫力。特に第二話でのOO機動時の映像美は、シチュエーション、宮野真守氏の演技力(成長した刹那には、これ以上ないほど宮野氏の声が合っています)、そして川井音楽が合わさって、過去のガンダムシリーズの中でも最高レベル。リボンズの憎むような呟きから、EDテーマ「Prototype」へと移行して、石川智晶嬢の澄んだ歌声を聴き、暗示性あふれる画像を観て、鳥肌が立ちました。
その全てが見所と言って良い「ガンダムOO セカンドシーズン」。TVで見逃した方は、ぜひご購入ください。
なお、刹那たち反乱者側の行動が、私怨や小国の意地ばかりが理由で、結局は思想無き単なるテロリズムだと批判される方もいらっしゃいますが、それはちょっと的外れな指摘ではないかなと思います。今作のテーマは明らかに「大国のエゴイズムに踏みにじられる人々の怒りと悲哀」を描くことで、各キャラクターは単なる私利私欲で戦っている訳ではありません(サーシェスは別ですが)。もちろん、テロは許せない。私も容認するつもりはありません。しかし、現実の世界では、中東やアジアでの自爆テロ実行犯の中には、大国の掃討作戦の巻き添えになった、一般市民の犠牲者の遺族や、死にはしなかったものの身体が不自由になり、家族の生活を保障するからと言いくるめられて自爆行為に及ぶ人たちもいるのです。そう考えると、本当に許せないのは、独善に満ちた宗教的解釈を守るためなら他派の無辜の民を犠牲にしても構わないと説く狂信的煽動者。ナショナリズム・民族主義を口にしながらも、本当は己が権力を得たいがためだけに、平気で他者を巻き込む指導者。既得権益を守るために自国の政府に軍事行動を起こすよう働きかけ、あまつさえ第三国の人々に武器を売って更なる利益を貪る軍需企業。善良に平凡に暮らしていただけの人々をそこまで追いつめた、搾取する側の国の身勝手さ、ということになりはしないでしょうか?
「ガンダムOO」の主要キャラクターたちは、そのほとんどが、「利益を貪る者に利用される末端の人間」をモチーフにしており、そういう意味で、連邦政府の無慈悲な政策や、イオリア・シュヘンベルクの荒唐無稽な理想論、傷つかない立場に居て戦乱を楽しむ王留美の、遊戯としか思えない策謀に踊らされる「哀れな人形」として描かれているのだと思います。
戦争は無論いけない。だが、この世界の歪みを認めてしまったら、自分たちのこの怒りは、憎悪は、悲しみは、どこへ持っていけばいいんだ? それは搾取される側の人間ならば当然抱くはずの思いではないでしょうか。そんな人間としての当たり前の感情を利用されて踊らされ続ける人形。自分の意志で行動していると錯覚し、誰かの掌の上で跳ね回っているだけの猿でしかない現実。刹那たちはその立場からどうやって脱却し、隠された悪意を打倒し、最後にどのような「本当の、自分たち自身の意志」で視聴者にメッセージを与えるのか? アニメーションと言う娯楽作品でありながらも現実の戦争を描くことにこだわろうとする「セカンドシーズン」の結末に、そして水島監督をはじめとするスタッフの方々の真摯さを信じ、今はただ心から応援しようと思います。
最後に、長文駄文の羅列となってしまったことをお許しください。