みんなはそう言う見方はしないのかもしれないけれど、
自分はアニメと言うものを、真剣に見ている。
機動戦士ガンダムZZは、とても“哀しい”
それは、ファーストやZよりも、ずっとずっと哀しい作品だと思った。
何か、上手くはいえないのだけれど、
ストーリーの奥深くに大きな哀しみが流れていて、
それは普通は目に見えない。
けれど、ZZは誰もが1度で分かる哀しさではなくて、
何かこう、人の生命の命題に深く根ざしたような、
そのような哀しさに覆われた話だと思う。
プルが死ぬ。
けれど、誰も涙は流さない。
まるで、プルは始めから居なかったかのような
存在に思えてしまう。
ジュドーですら、すべてを忘れてしまったかのように、、。
だからその次の巻を見るまでも!う自分はなんだか悲しくて、
何もやる気すら起きなくなった。
“プルはジュドーの心の中に居る”そう言う答えを見つけるまでは。
そして、ハヤト=コバヤシも死んだ。息子の元へと、、、?
人が生きて死ぬと言う事は、一体なんだろうって言う気持ちになった。
そしてハマーン=カーンが散る。
ハマーンはジュドーの性質が少し歪んだだけのもので、
元は同じ。それを分かる事が大切とサラサさんは言ったのに。
結局、分かり合えなかったのか。
そしてマシュマーも、キャラも、、。
ルー=ルカの“哀しみを越えて行くのよ”と言う言葉が、
頭の中で延々と響いていた。
“見えない”哀しみがこのZZにはある。
それに“誰”が気付いたのか。