橋爪の著書はいずれも平易かつ高い抽象性をもった言葉で語られる。それは長年に亘る基本的な訓練と徹底的な思考を経た者にしかよくし得ない文章だ。だから「新しがった」ところがない。
本書は新編集版とはいえ、90年代後半、たとえばオウム真理教が世情を賑わせた時代の論考が中心を占めるが、今読んでも決して古くなっていない。このことをもって、評者はここにある言葉を抽象度が高いといいたい。それは本当の意味で実用的な知識となる。
最近喧伝される「使える」系のビジネス実用(その実、一過性で使えないが)とは意味合いが異なり、自ら考え抜くことを誘う。それは読者を甘やかせるものではない。
この頃流行の若い研究者・ヒヒョウ家先生の基本訓練を積んだとは思えない、社会学を矮小なものにする小器用な言論とはまるで違う。世界を総体で捉えようとするスタイルが社会学なのだと思わせる。といっても、「大きな物語」を語るというのではなく、人文・社会諸科学の基本原理を突き詰めた知によるラジカルな批評なのである。その仕事は、古典的な自然諸科学を駆使することでポアンカレ予想を解いたグレゴリー・ペレルマンを思わせる。尤もペレルマンの解明プロセスはまるでわからないが。
本書の次は、さらに抽象度の高い『言語派社会学の原理』に向われたし。