「昭和ミステリ秘宝」の中でも群を抜くお宝の1冊。お断りしておくが、初心者がいきなり手に取る本ではないかもしれない。ウィップルにしろヒュームにせよ余程のコアなミステリマニアしか知らない古典的探偵作家ではある。しかし翻訳者が横溝正史となれば話は別。「二輪馬車の秘密」は、編集長時代の正史が江戸川乱歩を「陰獣」によって再び『新青年』に再登場させる引金となり、「鍾乳洞殺人事件」は戦後正史自身が「八つ墓村」を生む為の素材となった。そういうエピソードを踏まえて読むと味わいもひとしおなのではないだろうか。
巻末の解説も詳細かつ判り易い。テキストが初出時と単行本で異なる「二輪馬車の秘密」はその両方をしっかり比較掲載している。その辺の凡手の仕事ではない。この「昭和ミステリ秘宝」シリーズには『真珠郎』もあり、角川文庫よりはるかに丁寧な校訂・解説がなされているので未読の正史ファンの方には是非こちらをお勧めする。
横溝正史にはまだ多くの翻訳作品が埋もれたままになっている。別名義だったり渡辺温や延原謙達との合同ペンネームでどちらの筆によるものか判別がつかないものもある。著作権の問題があるのかもしれないが、これだけ時を経ているのだから少しでも正史訳の可能性がある作品はこの際纏めて刊行できないものか。「横溝正史翻訳コレクション」の続編を心待ちにしたい。