抜群に面白かったのは、戦後の歴代総理大臣の私邸。吉田茂は大磯御殿まで東京からワンマン道路を引っ張ってきただけでなく、旧朝香宮邸(現東京都庭園美術館)を公邸として使うという贅沢さ。そして官房長官、官房副長官、党幹事長と側近などよる目黒公邸での朝食会で全てを決め、閣議ではジョークを飛ばして終わり、というわがままぶり。
自民党時代の「権力者の館」の原型をつくったのは、復活を狙っていた岸信介の御殿場邸という指摘も面白かった。こうした権力の館は接客、住居、サービスの3部門が必要で、いざという時には、3つのスペースが連続して使用できるようなものが望ましい、というのが設計を担当した吉田五十八の考えで、それらは、歴代総理の館にも踏襲されていきます。今は鎌倉文学館となっている佐藤栄作の鎌倉別邸は近く、行ってみようと思いました。なにせ、元は加賀・前田の殿様の別荘。二階のテラス、三階のバルコニーからみはらす由比ヶ浜のパノラマは最高だそうです。
また、田中角栄の目白御殿は、陳情客などをうまく流すことを主眼につくられていたそうですが、それはカネなどもフローとして流す発想につながっている、という指摘にはなるほどな、と。また、有名な背広にゲタばきスタイルで池の鯉にエサをやる姿は《都会人の恰好をしながらも、御殿ではゲタで歩くことで、田中は魔物にとりこまれない姿勢を示したのではないか》というあたりも素晴らしいな、と。この姿を東京育ちの山口瞳さんは強烈に批判していた文章を覚えていますが、角栄さんの心情までは推測することはぼくもできませんでした。