本書の初版発行は、2008年11月。著者の新井満氏が執筆していた時期はリーマンショック直前であったと思われる。「はじめに」で、‘我が国は、世界一豊かな国だといわれている’、と書き記していることからも推し量られる。
著者は続けて、‘ならば日本人は世界一幸福な国民かといえば、とんでもない。若者から老人まで、街を行く人々はみな憂鬱そうに歩いている。・・・(中略)・・・幸福のイメージをいつのまにか失ってしまったからである。’と記している。
経済的には世界一豊かでありながら、少しも幸福でない日本人を、著者は米国大統領のスピーチに引用されて広く知られるようになった幕末の歌人橘曙覧(たちばなのあけみ)の、『独楽吟』(どくらくぎん)52首とその自由訳で、幸せにしようと願ってこの本を書いたのだろう。
生々流転。直後の世界的経済不況は、我が国も一変させてしまった。しかも、回復の足取りは諸外国より遅く、連日報道されるのは株価の低迷、失業率の悪化、経済格差の拡大、そして、我が国の国際社会での相対的経済力低下。もはや世界一豊かな国は、遠い過去になってしまった。
ならば、本書もお役御免なのか。とんでもない。こんなときにも、いや、こんなときこそ私たちに大きなエネルギーを運んできてくれるのが『独楽吟』の歌である。それほどの普遍性とパワーを持っている。
景気が悪いといって、なんのことはない。こだわりを捨てて、日々を楽しむことにしよう。
しかも、本書には他の『独楽吟』解説書にない次のような特色がある。
(1) 52首が、孤独、団欒、食、貧乏、読書、歌、買物、友、日本、ささやかな変化、野山歩きの11のジャンルに分けられている。
(2) 52首すべてに、著者のとらわれない自由訳がついている。
(3) 「あとがき」に代えての「『独楽吟』の世界を探検してみよう」で、独楽吟の平明な説明と、そこから得られる、どんなときにも楽しみを見つけ出すための具体的方法が書かれている。
これらによって、著者のいうとおり本書を座右に置いておけば、私たちはいつも幸せになれるのだ。
私が、リーマンショック以来、座右の書として1年余り実践しての結論である。
なお、巻末には写真家でもある新井満氏撮影による、橘曙覧記念文学館などゆかりの地の写真と、地図が収められている。本書を小脇に、これらを訪れてみるのも一興だろう。