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構造と力―記号論を超えて
 
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構造と力―記号論を超えて [単行本]

浅田 彰
5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (24件のカスタマーレビュー)
価格: ¥ 2,310 通常配送無料 詳細
o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o o
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商品の説明

内容紹介

構造主義およびそれ以降の思想を一貫したパースペクティヴのもとに論理的に再構成し、今日の知的フロンティアの位置を確定しようとする試みである。気鋭の著者のデビュー作。

登録情報

  • 単行本: 240ページ
  • 出版社: 勁草書房 (1983/9/10)
  • ISBN-10: 4326151285
  • ISBN-13: 978-4326151288
  • 発売日: 1983/9/10
  • 商品の寸法: 19 x 13.4 x 2.2 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.3  レビューをすべて見る (24件のカスタマーレビュー)
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123 人中、99人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By kaz0775
若い世代には知らないかもしれないが1980年代前半、哲学・現代思想といった難解な本が売れた時代があった。この社会現象をメディアはニューアカデミズムと呼んだ。もちろん、読者はこういった学問や知識に興味をもった層ではあったが、要は初版三千部、たいていが図書館、学校が購入するような学術書(何しろ勁草書房)を特定の一般人が、おそらく数万冊、自分で買って読んだのだった。

本書はニューアカデミズムの主流であった20世紀後半の思想、構造主義とポスト構造主義を26歳の著者が、その出典の原書の韜晦な翻訳やあるいはそれらの海外の思想を紹介した著作群100冊分ぐらいの内容を模範回答のようなレジメとしてまとめてしまった。それが浅田彰のデビューで、読者の期待するような風貌の彼の肖像写真の広告は書店を飾った。

レヴィストロースの構造主義から最先端と言われたフランスのポストモダン哲学者のガタリ、ドゥルーズの紹介まで、チャート式参考書的にまとめるならば、プリモダン、モダン、ポストモダンという新しい歴史観がこの時代の思想で認識された。

それは浅田彰氏のせいではないのだが、ニューアカデミズムは浅田氏の登場で花開いたというよりも、浅田氏の登場で終わってしまったと思う。京大でほぼ同窓の「美人論」の井上氏もかなわないなぁと語っていた。何故かといえば、この種の思想がすべてまとめて総括されてしまったからだと思う。

20年の時を経て、浅田氏も長野県知事にまでなった田中康夫との呆談を除き、著作の執筆は沈黙したままだ。そして思想は現実を変えないと本人が語ったと記憶するように、時代は近代的自我の確立というテーゼのモダンを超えることなく、プリモダンな土着・癒着・執着の社会に変化はない。

レビュアーは現代思想は20世紀で終わってしまったと考える。それは「現代思想」がいつまでたっても「他人の思想」のお勉強で、読者も学校の先生も大なり小なり苦労して勉強して理解するもので、「自分の思想」でないからだ。そして21世紀は、至極、単純、誰でも自分の力量で自分で考える、橋本治氏の「自分の思想」の時代と考える。それでやっと近代自我の確立ってやつではないかな?

顛末に始終してしまったが,本書は構造主義からポスト構造主義までを哲学書としては限りなくわかりやすくまとめた良書であり、これらの考えは大変にエキサイティングで大きな感銘を受けた。

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17 人中、14人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ふんふん トップ100レビュアー
  浅田彰が26歳の時に書いた、フランス現代思想、ポスト構造主義の入門書である。現代社会をめぐる著者の思想・批評の趣旨に賛成というわけではないけど、30年ぐらい前に一世を風靡したフランス現代思想の入門書として読む分にはとても分かりやすい本だ。そもそも、デリダだのラカンだのといった思想家の言ってることは難しすぎて良く分からんわけですが、その難解な哲学がわかり易く、それなりに一貫したストーリーのもとに整理されていて、非常に読みやすい(チャート式に単純化して理解するのがはたして良いのかという問題はあるけど)。
 で、解説書としては理解しやすいのだが、本書は一応単なる解説書ではなくて、著者なりのメッセージが込められている。このメッセージが結局のところあまりにも軽やか過ぎて、ちょっとついて行けんというのが最大の問題だ(笑)

 「人間と社会の学」(人文社会科学)はいかにあるべきか?というのが本書の大きなテーマである。
 著者はまず、レヴィ=ストロースを中心とする構造主義が、スタティックな分析に留まるなどの理論的限界を持っていることを指摘し、クリステヴァ、バタイユ、ラカンらの二元論的でダイナミックな分析へと進んでいく。そして彼らより前の時代に西洋哲学・キリスト教思想の伝統をまるごとひっくり返したニーチェに触発されつつ、フランス現代思想を率いるデリダ、ドゥルーズ、ガダリらの方向へと超え出ていく。
 『構造と力――記号論を超えて』というタイトルの意味は、「記号の秩序の構造分析では人間社会を理解するには不十分であり、現実の社会を動かしている『カオスを矯める力』と『それに反発する力』の葛藤の運動を把握するような理論が必要」ということである。

 そのようにして「近代」という時代を捉えてみれば、そこは貨幣を「媒介」又は「整流器」として皆が一定方向に向かって競争を繰り広げる、資本主義の「強いられた遊戯」「哀れな道化たち」の世界であると著者は言う。われわれはこの世界から抜け出さねばならない。しかし、いかにして?
 このあたりから著者の口ぶりは急に文学的になって、「外へ出よ。さらに外へ出よ。悦ばしく多数多様な舞踏の技術を身につけ、真の意味で遊戯すること。差異を差異として笑いとともに肯定し、享受すること。目指すべきはサラサラと砂が舞いおどる広大な砂漠だ!!」といった趣旨の、スローガンめいたメッセージがあふれだす。
 流行語大賞に選ばれた「スキゾ」と「パラノ」は、『逃走論』という別の著作に出てくるもので、スキゾフレニー(分裂病)とパラノイア(偏執病)の略だ。著者の意図は当然、「パラノ」から「スキゾ」へということ。つまり日本人よ、分裂病者みたいな精神をもって砂漠の上に踊り狂う、リゾーム(根茎)状に果てしなく発散する、そんなイメージでこの現実の社会から逃走し続けなさい!ということだ。
 ……ぼくは遠慮しときますが(汗)

 なお、まえがきにある、大学1年生へのメッセージには心底同感です。
 「(略)こうして、ぼくたちは大きなサイクルを描いて、いま大学の門の前に立つあなたのところへ戻ってきた。門をくぐったあなたは、教養課程に入ることになる。ここで、いまあなたのいるところこそ絶好の地点なのだということを強調しておきたい。そこを、専門課程に備える予備学習の場としてではなく、視野を多様化するための拠点として活用すること。急いで狭苦しい枠組を作り、その中に閉じ込もってチマチマと空白を埋めていくという、一見勤勉そのものの『学習』態度、その実、これ以上の怠惰はない。あくまでも広い視野を求め、枠組を外へ外へと開いていくこと。無責任に理想論を述べたてているわけではない。これは、否応なしにある程度の専門分化に耐えねばならぬ地点に立って、いささかの羨望をこめて振り返ったとき、どうしても言っておかなければならないことなのである。」
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51 人中、34人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
By ytyt
83年生まれの僕は、浅田彰の手による「構造と力」の同級生にあたる。
だから、もちろんリアルタイムで読んではいないし、その前後の批評空間の空気も直裁には知らない。
そんな僕が本書について一席ぶつのもおこがましいわけなのだが、あえて簡潔な印象だけ述べさせてもらうなら、本書は、現代、2000年代の今にこそ読まれるべき本ではないだろうか、というものになる。

―そもそも、83年当時、果たして社会は本当に大きな物語を喪失していたと言えるか。
少なくとも、僕の印象は「否」だ。
折しもバブル前夜の日本で、僕は幼少期より「受験神話」を叩き込まれ、資本主義の幻想をうんざりするほど刷り込まれて育った。
もちろん、これは単に私的な印象論ではなく、当時の社会が、あるいは学校が、そういうムードに酩酊していたことは、誰しもが否定しえまいだろうと思う。
リオタール的な意味における「物語」と言うのであれば、確かに凋落の傾向にあったと思うが、それを補う形で経済というドラッグが、幻想が、広く普及していた、それが僕の80年代に対する時代認識だ。

―そのさなかに「構造と力」が出版され、思想書としては異例の売上げ冊数を誇ったわけだが、資本主義の幻影に陶酔していた当時の日本人がそれを真にクリティックに受け止めたかどうか、甚だ疑問である。
いや、事実としてスキゾフレニーやディファレンシエート、リゾームといった概念群は、「楽して金稼いで消費社会を踊りきろう」程度の意味に解釈され、好景気に浮かれ、刹那的な生を送る自己を正当化するためのエクスキューズとして機能していたのではなかったか。
しばしば「浅田彰は知をファッション化した」なんて批判を耳朶にするが、実際は「時代が構造と力をファッション化した」のであって、そこは取り違えることはできない。
浅田彰は一度も「読まれる」ことなく「消費され」てしまった、それが実状ではなかっただろうか。

―さて、僕が「構造と力」を初めて読んだのは2006年のことだったが、それはヴィヴィッドに僕の心を捕らえた。
バブルが破裂し、経済が失速した後に思春期をむかえ、キレる14歳世代に属し、社会が「閉塞」や「鬱屈」といった言葉で形容される時代の中で、物語も幻想もない砂漠を彷徨い倦ねていた僕には、「構造と力」が提示するリゾームのビジョンは、現代をサバイバルするための ―このとりとめのない実存の苦悩から脱するための、優しく反復される無目的な日常を脱却するための― 唯一の「隘路」のように思えた。
むろん、手放しで全てを肯定できるわけじゃない。
分裂的な生には課題も多く、その論理にも欠陥があろう。
だが、経済的困窮をワーキングプアやらなんだと馬鹿の一つ覚えで騒ぎ立て誤摩化すよりも、あるいは似非物語の復権を謳いネオ右翼的隷属状態に陥るよりも、遥かに健康的でアクチュアルな思想であることは確かだ。

―たとえば現在、「社会にコミットしない若者達」が問題視されているが、いたずらにコミットメントさえすればいいというものでもないことは自明だろう。
先述のワーキングプア、ネオ右翼などは偏向したコミットメントの典型例である。
一方、コミットを拒絶した若者の最たるものがNEETといったところか。
浅田彰は「構造と力」の序文で、肝要なのは「ノリつつシラける」ことだ、と述べている。
コミットするか否かといった二極論ではなく、コミットしつつもディタッチする、その絶妙な平衡感覚こそ、現代人が最も養うべきところなのではないのか。
二者択一に対する最も正しい解答は、質問自体を脱臼させることだと聞く。
「乗るか反るか」ではなく「乗って反る」。「白か黒か」ではなく、灰色と戯れる。
そして、真にリゾーム的な生を。

浅田彰の「逃走せよ」という警句が、時を越えて今、時代を貫く。
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