表紙を見ると、大きな字で「楽都ウィーンの光と陰」と記され、相当級数を落として「比類なきオーケストラのたどった道」との記載がある。
都市としてのウィーン、(現)国立歌劇場、ウィーン・フィル、そして楽友協会(組織、建物両者)が相応に不可分の関係にあることは読み取れるが、何に焦点を当てているのかやや不明瞭である。
組織としての楽友協会が、ウィーンという音楽都市の形成に大きな役割を果たしたことは事実だが、その設立は1812年で、今年は二百周年記念の催しも企画されている。1812年という年は、言うまでもなく、ナポレオンのロシア侵攻の年だが、それに続くウィーン会議、さらにメッテルニッヒ反動体制下での協会の行動についての記述がほとんど欠落していることは残念だ。
また、第二次世界大戦後、大きく実を結んだ「古楽」の復興の一つの中心地がこのウィーン-それに力を尽くしたメンバーの多くは、ウィーン交響楽団が母体-であることも、やはり一項を設けて記すべきであろう。
それから、細かいが、「今のウィーンは観光以外にたいした産業もない小国の首都にすぎない。」との記述は、客観的に見ても、関係者の顰蹙を買うに相応しい表現であろう。
もうひとつ、帯の文言に「世界一のオーケストラ、ウィーン・フィルのすべて。」とある。本文中には、「世界一」との表現は無いように見掛けるので、この表現に著者がどの程度関与しているかは不明ながら、客観的数値比較の不可能な分野での、安易な最上級表現は慎むべきである、との私見は譲れない。
なお、渡辺裕 他「クラシック音楽の政治学」を併せ読むと一層理解が深まるものと思われる。