時は中国の戦国時代、つまり紀元前3~4世紀の頃の話である。
華北に中山国という小国があった。その国の宰相の嫡子である楽毅が、斉の首都臨〓に留学するところから物語が始まる。楽毅はそこで孫子の門をくぐる。兵略をもってなる孫子は、実は2人いて、1人は春秋時代の孫武、もう1人は戦国時代の孫〓である。孫〓は、まさに楽毅の留学先である斉の軍師で赫赫たる戦果を誇ったが、楽毅が臨〓に行った時は既に鬼籍に入っていた。しかし、その直後の弟子に入門したというのだから、孫〓の存在を身近に感じることができたことだろう。
当時の斉の実力者は宰相の田文、即ち孟嘗君であった。孟嘗君は諸子百家と言われたこの時代、食客・侠客を多数抱え民心の収攬にもたけていた。中山国が趙の武霊王に狙われていることを知った楽毅は、書生の身で単身孟嘗君を訪ね、助力の可能性を探る。
孫子と孟嘗君は楽毅の生涯に強烈な影響を与えた。両者を楽毅という名将の戦略と生きざまを織り成す縦糸として、著者は物語り、読者を楽しませる。しかし、それだけではない。読者は楽しみつつところどころに現代の政治や企業経営に通ずるものを見いだして、啓発されることだろう。
例えば、楽毅は歴史を重視する。歴史を知ることで、現実の人と世界がくっきり見え始める、というのである。
戦略を多く知るが、それに固執して理論倒れにならない。あくまで眼前の状況に応じた臨機応変の作戦をとる。
「大功を成す者は、衆に謀らず」という言葉が出てくる。とかくポピュリズムが支配しがちな現代にあって、稀な一句と言えよう。リーダーシップが政治に求められるのは戦国時代も現代も変わらない。
楽毅は将軍でありながら戦争に勝つことだけでなく外交を重視する。孫子の兵法に五事ということがあって、それは道・天・地・将・法である。法とは戦法である。それは五事の最後にすぎない。最も重要なのは道であるが、では道とは何か。「道とは民をして上と意を同じくせしむるなり」と呟いた楽毅の口中に空しさが広がった、と著者は書いている。
考えてみれば、議会制民主主義というものも、民と上との意を同じくするための人間の知恵なのであろう。しかし、それが本当に口中に空しさを感じさせないものであると自信をもって言い切れるかと問われれば、少し躊躇の念なしとしないように思う。
(国民生活金融公庫総裁 尾崎 護)
(日経ビジネス1999/12/6号 Copyright日経BP社.All rights reserved.)
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19 人中、16人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
小説楽毅について,
レビュー対象商品: 楽毅〈1〉 (新潮文庫) (文庫)
楽毅は、中山という小国の武将である。中山は、趙という大国に攻められ滅亡してしまう。 紀元前三世紀の中国は、戦乱の中でどのように人生を全うするかと言う深い考察を生んだ。 自分の国は、これから間違いなく滅びる。それが分かっていて、なぜ何千もの人が共に趙と戦ったのか。楽毅は、守城と用兵の天才であったには違いがないが、それだけで人がついて行くものでは無い。 私の父は定年後の趣味に書道を始め、古い書の手本を買い込んで来た。 その中に王羲之の楽毅論があった。 王羲之は、書を芸術の域まで高めた人だそうだが、なぜ、わざわざ、楽毅の人を論じたものを書写したのだろう。 想像するより他に無いが、答えは簡単である。 王羲之は、楽毅の生き様がなにより好きだったのに違いない。 人生の中で、何かを諦めなければならない事、手放さなければならないものがきっと出てくる。 楽毅はただ見切りをつけてそこから離れるのではなく、最後の最後まで戦いつづけ、なお死なずに、後の人生を開くことが出来た。 楽毅が人々の記憶に残った理由は、後に燕の武将となり、大国斉を破って大勝したことによるものである。 小説楽毅は、古代の人々の苦悩や息遣いを生き生きと描き出してくれた。 物語の前半は中山を守り、後半は斉を攻めることに大きく分けて書かれている。 斉を攻めた楽毅の鮮やかな行動も、もちろん興味深い。 しかし、窮地にあって、艱難に強く立ち向かった楽毅により引かれるは、古くから私だけではないのだろう。
12 人中、10人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
諸葛孔明をして天才といわせた軍神,
By touch (静岡県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 楽毅〈1〉 (新潮文庫) (文庫)
三国志に登場する諸葛孔明をして天才といわせた楽毅、軍神として後世に名を残した名将軍である。しかし、君主に恵まれなかった、祖国中山では愚鈍な君主を奉戴して苦戦し、最後は亡国の将軍としての汚名を着せられた。燕の昭王は、唯一彼の将軍或いは統治者としての能力を認めてくれたが、後継者はやはり愚者であった。後世、東晋の王羲之の「楽毅論」によって彼の汚名は拭われた。武霊王との孤城戦、斉との大決戦など、息をのむ心理戦を見事に描写して、楽毅の天才的な軍事能力を遺憾なく表現している。戦闘シーンが鮮明にイメージできる痛快な傑作である。
3 人中、3人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
中国・春秋戦国時代の名軍師の物語,
By 3番サード (千葉県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 楽毅〈1〉 (新潮文庫) (文庫)
中国・春秋戦国時代の歴史を知らない人でも人物史として物語として楽しめる。 戦いの様子が目に浮かんでくるよう生き生き とした表現で描かれており、外交を駆使し、 少数ながら戦略を用いて大国を破っていく ストーリーはとても吸い込まれるように魅力 的。全4巻の作品だが、止まらない勢いで 一気に読み込める。
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