「極東ホテル」。東京の一角にひっそりと佇む安宿。彼はここに泊まっては去っていく数百人の旅人に出会い、その刹那の表情を写真に納めている。彼らの表情は様々である。どんよりとしていたり、凛乎としていたり。はたまた必死の形相であったり、くつろいでいたりする。
旅人たちを捉えた写真は、「極東ホテル」というカオティックなスペースにおける定点観測であると同時に、交錯しては放射し拡散していく光線のような人々のポートレイト集でもある。
旅は、古今東西を問わず、多くの写真作品のテーマであり、モチーフともなってきた。この写真集を「旅」というテーマの写真集とすることは、安易だがありうるのかもしれない。
しかし、決定的に違うのは、眼差しを投げかける側が移動(トリップ)しているのではなく、トリップする者たちに対して眼差しを投げかけていることだ。これは単なる手法の問題ではない。
今回の作品を手掛けた5年という時間の堆積には大きな厚みがあり、そのため、作品の制作過程において、作家自身に内包される精神に変化が起こっているように感じられた。これは地理的に自ら動いては得ることはできないかもしれない、作品を成熟させる道程であるようにも思える。
それこそが作家・鷲尾和彦にとっての「旅」であったのかもしれない。
そして、この写真集を構成する作品は、必ずしも時系列に沿って並べられている訳ではない。
しかし、ひとつの地点に拠点を定め、来ては去っていく旅人たちを見届けてきた作家の胸のうちに、何かしらの優れた、そして隠された意図があるのを感じる。
巻末のアーティストメッセージ中の「多くを語る必要はない。ただ静かに見つめるだけでいい。」という言葉に、その謎めく「しかけ」と、この写真集の魅力が集約されているように感じるのは僕だけだろうか。
それをどう受けとめるかは、この写真集を鑑賞するひと、それぞれの感性と想像力によるのであり、それが多義性に富むこの写真集の醍醐味なのだろう。