この小説は楡家という脳病院(精神病院)を経営する一家の大河ホームドラマだ。
とてもシニカルだけどユーモラスな語り口は、まるで親戚のうわさ話を聞いているような感
じがしてくる。
この小説に登場するあまたの人々の中で、私が一番好きなのは末弟の米国(よねくに)さんだ。
彼は今でいう引きこもりだ。
家からでることはないけれど、彼には仕事がある。
彼の仕事は広大な病院の敷地の裏につくった畑の責任者だ。
といっても、農作業は小作人が行い、彼がすることはただ畑の周りを散歩することと、同じく
書生くずれのニートの熊五朗さんとのおしゃべりだけだ。
端から見れば、なんてうらやましい生活!と思うかもしれないが、彼の苦悩はとても深い。
なにしろ彼は不治の病に侵されているからだ。
もちろん自分で勝手にそう思いこんでいるだけだけど。
苦悩に満ちながらも優雅な生活を送る彼が、後に時代の波に飲み込まれていく姿はとても悲しい。
そんな米国さんのような普通の人生がこの小説にはいつくもつまっている。
だからこそ圧倒的な親近感をもって、読むものの胸に響く。
大正時代の高揚感、昭和初期の不安感、戦時中の悲壮感。
それぞれの時代の持つ空気がこれほどリアルに伝わってくるのは、
この小説が普通の人々の物語だからだ。そこには劇的なこともなく、英雄も登場しない。
だからこそ、この小説のおもしろさは
100年たっても古びることはないと思う。