台湾領有から敗戦までに、台湾・朝鮮・満州国・中国華北部でどのような文化統治が行われてきたのかを、主に教育の側面から描いたもの。最大の魅力は、単に文化統合の方法や理念の紹介だけではなく、それが実際にどの程度機能していたのか、また理念を提出した側がそれを本当に信じていたのかなどまで論じている点だ。特に印象に残ったのは、台湾での日本語教育について、リアリストの政治家・後藤新平は、「日本語」を教えよとは言ったが、教えられるとも、ましてや「日本語」を教えて「日本人」への精神的同化ができるとも思っておらず、それができると信じていたのは教師だけだったという指摘である。日本語による日本精神の植え付けという発想は、日本精神の曖昧さを隠蔽し、さらに、日本語が習得できれば文化的に「同化」できるとすることで、制度上に存在する、明確な「差別」の存在を不可視にする。現在もこれをやっていないか、日本語教師に問い直しを迫る書と読んだ。