旧植民地の住民にとって、かつての宗主国のコトバが「母語」となり、それを使ってしか自らを表現できないことへの葛藤を著者は「ことばの檻」とよぶ。日本人がいかにかつての植民地主義に無自覚であるか、またそのことが戦後65年を経ても、在日朝鮮人の人たちの心を傷つけていることか。このことは「善意」の日本人も同様である。
本書は日本人の内なる「植民地主義」を抉り出し、戦後65年を経た現在もむしろ増殖し続けていることを解き明かす。このことの原因は、戦後かつての植民地主義がどれほどその住民を肉体的・精神的に痛めつけ、甚大な被害を与えたかに関して、日本人・日本政府が深刻な反省をせず、正式な謝罪もせずに現在に至っていることにある。また本書は、日本の旧植民地だけでなく、沖縄問題を考える上での貴重なヒントも提供している。つまり、沖縄問題がいまだに解決の目処が立たないことの一因に、本土の日本人の沖縄に対する「植民地主義」が隠されていることを示唆している。
著者の視野は在日問題に留まらない。アウシュヴィッツを経験したユダヤ人作家たちや、パレスチナ人作家の「ことばの檻」との葛藤から、植民地主義の問題が現在も進行中の普遍的な課題であることを解き明かす。
本書は、マスコミや政府の表面的な言説に踊らされることなく、日本の政治や社会の本質を考える上での貴重なヒントを提供している。