内容紹介
森田欣也さんとはどこかで縁がつながっている。森田さんは、伊予農業高校時代のラグビーの試合で頸椎を負傷し、車椅子生活を余儀なくされたが、ぼくは森田さんが負傷した翌々年に伊予農高に赴任しラグビー部の監督になった。だから、会ったことはなかったが、森田さんの存在は知っていたのだ。
その後、ぼくは愛媛新聞の俳句選者になったが、そこへ森田さんが投句をしてくれるようになった。森田さんはたくさんの秀句を見せてくれたが、ぼくが心がけたのは森田さんの境涯を前提とせずに俳句を読むこと。それは、森田さんだけでなくどの投句者に対しても同じなのだが、俳句は言葉の表現なので、表現された十七文字だけで判断したいと思ったからである。
油虫三人分の足があり
青芝や我にも足が二本ある
森田さんの境涯を知っていると、三人分もある油虫の足や我にある二本の足は、森田さんの苛立ちや悔しさや淋しさの表現としても読めるだろう。
しかし、これらの句は森田さんの境涯にひきつけて読まなくても面白い。油虫の句は滑稽な句として、青芝の句は青芝を踏んだ喜びの句として読者も楽しんで読めると思ったのだ。
もちろん、森田さんの境涯を知っているぼくは、両方の読みをする訳だが、森田さんの存在がなければ単に滑稽な句としてのみ読んで、表現の二重性や言葉の複雑さを考えたりすることもなかっただろう。
愛媛新聞では、一年間の作品を対象に「短詩型文学賞」を選んでいる。15名である。ぼくは、森田さんの作品を毎年のように推薦や優秀に選んでいたのだが、2005年には年間賞に選んだ。表彰式の後、森田さんとその年の推薦に選んだ菅三鶴さんと浅海好美さんと四人でお茶を飲みながら、森田さんの句集を作ろうという話になった。ぼくの頭のなかで伊予農高での講演を末尾に置く構想がすぐに浮かんだ。この講演があれば序文は不要だと思った。
しかし、句集を作り始めると表記の問題が出てきた。森田さんは当初は文語表記だったが、途中から現代語表記に変わってきた。それが季節順に並べてみると、ちょっと煩わしい感じがした。結果、森田さんと相談して文語的な表現も現代語の表記に統一した。このことは書いておかなければいけないと思った。詩とエッセーの一部も加えた。その魅力は読んでいただければ分かる。俳句、詩、エッセー、そして講演のすべてがぼくたちに生きる力を与えてくれる。生きる素晴らしさを教えてくれるのだ。
森田さんの作品は明るい。森田さんの境遇になれば、大抵の人間はあきらめてしまうに違いない。作品を書いたところで、暗いだけのものになってしまうだろう。森田さんの作品が明るいのは、子規流にいえば、森田さんが「あきらめる以上のこと」をしているからだ。それがぼくたちを元気づけてくれる森田さんの作品の力なのだ。(小西昭夫・序より)
その後、ぼくは愛媛新聞の俳句選者になったが、そこへ森田さんが投句をしてくれるようになった。森田さんはたくさんの秀句を見せてくれたが、ぼくが心がけたのは森田さんの境涯を前提とせずに俳句を読むこと。それは、森田さんだけでなくどの投句者に対しても同じなのだが、俳句は言葉の表現なので、表現された十七文字だけで判断したいと思ったからである。
油虫三人分の足があり
青芝や我にも足が二本ある
森田さんの境涯を知っていると、三人分もある油虫の足や我にある二本の足は、森田さんの苛立ちや悔しさや淋しさの表現としても読めるだろう。
しかし、これらの句は森田さんの境涯にひきつけて読まなくても面白い。油虫の句は滑稽な句として、青芝の句は青芝を踏んだ喜びの句として読者も楽しんで読めると思ったのだ。
もちろん、森田さんの境涯を知っているぼくは、両方の読みをする訳だが、森田さんの存在がなければ単に滑稽な句としてのみ読んで、表現の二重性や言葉の複雑さを考えたりすることもなかっただろう。
愛媛新聞では、一年間の作品を対象に「短詩型文学賞」を選んでいる。15名である。ぼくは、森田さんの作品を毎年のように推薦や優秀に選んでいたのだが、2005年には年間賞に選んだ。表彰式の後、森田さんとその年の推薦に選んだ菅三鶴さんと浅海好美さんと四人でお茶を飲みながら、森田さんの句集を作ろうという話になった。ぼくの頭のなかで伊予農高での講演を末尾に置く構想がすぐに浮かんだ。この講演があれば序文は不要だと思った。
しかし、句集を作り始めると表記の問題が出てきた。森田さんは当初は文語表記だったが、途中から現代語表記に変わってきた。それが季節順に並べてみると、ちょっと煩わしい感じがした。結果、森田さんと相談して文語的な表現も現代語の表記に統一した。このことは書いておかなければいけないと思った。詩とエッセーの一部も加えた。その魅力は読んでいただければ分かる。俳句、詩、エッセー、そして講演のすべてがぼくたちに生きる力を与えてくれる。生きる素晴らしさを教えてくれるのだ。
森田さんの作品は明るい。森田さんの境遇になれば、大抵の人間はあきらめてしまうに違いない。作品を書いたところで、暗いだけのものになってしまうだろう。森田さんの作品が明るいのは、子規流にいえば、森田さんが「あきらめる以上のこと」をしているからだ。それがぼくたちを元気づけてくれる森田さんの作品の力なのだ。(小西昭夫・序より)
レビュー
帯より
森田さんの作品は明るい。森田さんの境遇になれば、大抵の人間はあきらめてしまうに違いない。作品を書いたところで、暗いだけのものになってしまうだろう。森田さんの作品が明るいのは、子規流にいえば、森田さんが「あきらめる以上のこと」をしているからだ。それがぼくたちを元気づけてくれる森田さんの作品の力なのだ。
森田さんの作品は明るい。森田さんの境遇になれば、大抵の人間はあきらめてしまうに違いない。作品を書いたところで、暗いだけのものになってしまうだろう。森田さんの作品が明るいのは、子規流にいえば、森田さんが「あきらめる以上のこと」をしているからだ。それがぼくたちを元気づけてくれる森田さんの作品の力なのだ。
著者について
森田欣也(モリタ キンヤ)
プロフィール
1963年8月19日(俳句の日)松山生まれ。
1981年(高校三年)、ラグビーの試合中、首の骨を折る事故に遭い全身マヒの障害が残る。
1993年、訪問看護にきていた看護師にすすめられ俳句を始める。
2005年、愛媛新聞短詩型文学賞で小西昭夫選による年間賞受賞。
現在、闘病生活の中、作句を続けている。
(編者)
森田欣也句集刊行会
プロフィール
代表世話人・小西昭夫(俳人)。
愛媛新聞俳句投稿欄の選者、月刊俳句新聞『子規新報』の編集長として森田さんの作品に出会い、何年にもわたる彼の句作に感銘を受ける。
2005年の愛媛新聞短詩型文学賞・年間賞受賞を機に有志を募り、本句集を刊行した。
プロフィール
1963年8月19日(俳句の日)松山生まれ。
1981年(高校三年)、ラグビーの試合中、首の骨を折る事故に遭い全身マヒの障害が残る。
1993年、訪問看護にきていた看護師にすすめられ俳句を始める。
2005年、愛媛新聞短詩型文学賞で小西昭夫選による年間賞受賞。
現在、闘病生活の中、作句を続けている。
(編者)
森田欣也句集刊行会
プロフィール
代表世話人・小西昭夫(俳人)。
愛媛新聞俳句投稿欄の選者、月刊俳句新聞『子規新報』の編集長として森田さんの作品に出会い、何年にもわたる彼の句作に感銘を受ける。
2005年の愛媛新聞短詩型文学賞・年間賞受賞を機に有志を募り、本句集を刊行した。