これこそ、「児童文学でしかできない作品」って感じかなぁ。
母親が海外勤務に行くことになったために、離婚した父親のところに引き取られることになった小学五年の女の子、美森。
そこには物心ついてから初めて会った、植物医のお父さんと「木の声が聞こえる」不思議な双子の弟、瑞穂がいて……。
こんな設定は、児童文学以外ではなかなか受け入れられないかもしれないけど、だからこそすごく新鮮にみずみずしく響く。
そして何より、ビート・キッズで遺憾なく発揮されていた潮さん特有の生き生きとした一人称の語り口は、語り手がちょっと素直じゃない女の子に変わっても健在。
潮さんの作品で特徴的なのは、児童文学でありながら決して説教的じゃないこと。
「世の中こういうもんなんだから、子どもはこうありなさい」なんてことは一切出てこなくって、むしろ、「大人たちだってね、完璧なんかじゃないんだよ」って事に気づかせてくれる。
僕自身そうだったけど、子どもの時って大人が完全なものに見えて、大人に「こうなんだ」って言われるともう、それをそのまま受け入れるしかないように思ってしまう。
特に感受性の強い子なんかは大人の言うことと自分の現在の状態とのギャップを、自分が不完全であるせいであると思い込んでしまったりもする。
だからこそ、そういう枠組にとらわれないこの作品は痛快でもあり、大人たちの不完全ささえも認める優しさがあり、安易な解決法も正否も提示しないところにある種のリアルもある。
作中に出てくる「いじめ」の表現も、僕にはすごく共感できた。
現代社会では良くも悪くも、「いじめ」というものが特別視されすぎてその言葉も独り歩きをしている。
「いじめは絶対悪だ」と騒ぐだけでは本質を見出せるはずもないし、それでは何も言わないのと同じだ。
「わたしがクラスメートでもたぶん、あの子のこといじめてると思う」だなんてこぼしてしまう美森ちゃんの語りにこそ本質はあると思うし、単に「そのままでいいよ」というばかりが解決でもない。
これが解決策だ、なんて簡単に言えるわけもないけど悩み多き子どもたちを余計に悩ませているような、大人たちのプレッシャーに満ちた「いじめ」への視点よりずっと希望にあふれていると思う。
まぁ、難しいことはこの作品には似合わない。
不思議な設定でありながら、平凡な日常にあふれたこの作品。
痛快な美森と優しさに満ちた瑞穂の日常に触れて、すがすがしい森に爽やかさを感じられれば、それだけでこの作品を読む価値はあるんだ。