すべてが過剰なこの時代にあって、これほど控え目でこれほど静謐な作品に出会えたことはある意味で奇跡に近いかもしれない。それが作者の気質によるものであるのは無論だが、ていねいな本づくりをしていることが装丁を含めて読む者にじっくり伝わってくる。この作品を夜、一人で静かに読むひとときはまさに至福のときである。
この本には七つの短編がおさめられている。最後の表題作は、身近な人々の死を契機に陶芸家の工房を訪ねる話。その工房は徳島の大谷町にあり、かつて梨の花の咲く季節に妻と訪れたことがあった。
火星が最も地球に近づく年に綴られた日記。その中に水色のワンピースを着た少女が折にふれて姿を見せる幻想的な短編「火星巡歴」。幻想的といっても安易なファンタジーとはまったく異なる世界なのは、作者が信仰の人だからかもしれない。
とりわけ強い印象を残すのは最初におさめられた「モーツァルト」だ。主人公の身辺をとりまくいくつかの謎。思いがけず読むことになったある女の手記。そのザルツブルク・バイロイト音楽祭紀行の手記に綴られたこの女のもう一人の女性への思いと不可解な出来事。作品を貫くのは対象へのほどよい距離感である。
そのほかにも自伝的な初恋を描いた「橋上の駅」など、雄弁ではないが朴訥でもなく、いわば平常心で書かれた作品ばかりだ。その作者の平常心が、読む者に静謐さを与え、読む者はそれを快いものとして受け入れる。そんな関係ができあがる。いずれの短編にも老境にある作者の日常がさりげなく描かれ、虚実ないまぜになってはいるが、感情表現は極力抑えられ、状況描写に徹したことによってかえって作品世界の豊かさが立ち現れる。実に心地よい短編集である。