はじめは戦前の京劇の世界を知っている可成り高齢な人物が著者なのであろうと思った。
処々に見られる古風ないし旧弊な表現から、そう感じたのである。
また、昭和初期に発行された梅蘭芳らに関して記された書物を以前に何冊か読んだことがあったからでもある。
しかし、本書が1963年生まれの人の手で書かれたた伝記だと知って心底驚愕した。
何となれば、一例を挙げると、51頁〜53頁のコラム「相公堂子」に、少年時代の梅蘭芳が相公として接客業を行い収入を得ていたことを「当時の京劇界の悪習」だなどと断言している箇所があるからだ。
これは我が国の歌舞伎界でもかつて行われていた習慣であり、同時代の人々は決して「悪習」だ等とは思わなかった極く普通の風俗なのである。
それが明治以降、欧米キリスト教社会の特異な偏見によって「罪悪視」されたに過ぎないのだ。
現在の研究家が過去の風習を自分一個の感情や謬見から断罪することは厳に慎まなくてはなるまい。
まして、相公が男客をとる行為を「悪習」とするのは、中国共産党の伝統破壊的な方針でしか無いのであるから。
日本人が中華人民民共和国のプロパガンダに追従しなくてはならない理由は全く無い筈である。
そうした点があるため、本書ではじめて京劇に関する書物を読む方々、とくに若い世代の読者には、呉々も注意をしながら繙くよう老婆心ながら申し上げておきたい。