下巻は、桜田門外の変そのもの(襲撃シーン)と実行指図役を務めた主人公関鉄之介の事後の逃亡と捕縛を描く。襲撃時の描写は臨場感に溢れ、逃亡劇は傑作『長英逃亡』を著した著者の手になるだけあって緊迫感に満ち、全編を通じ読者は関の傍らで事を見聞しているかの如き錯覚さえ覚えるのではなかろうか。それにしても、本書を読んで、1824年の藩領大津浜における異国人上陸事件などを契機として燃え盛った水戸藩における海防論ひいては尊王攘夷論が尊王倒幕論に転化していくにあたりこの変が果たした役割が実に巨大なものであったこと、そしてそれは正に「歴史的転轍点」と称するに相応しい事件であったことが実感を伴って理解できた(藤田省三の云う「処士横議」の世界)。なお、挿話的ではあるが巻末に描かれた後藤哲之介の姿(351頁)は、ディケンズの『二都物語』におけるシドニー・カートンの姿と重なり合うもの。