『幻化』。作家・梅崎春生の最高傑作にして、戦後文学の極致ともいうべき名作。
多感な10代に読み、全身の細胞がさわさわと振動するような感動を味わった。
あれから何度も読み直しているが、そのたびに胸に迫るものがある。
無駄に人生を重ねた50代の私には、一層この小説の価値がわかるような気がする。
「生と死」を扱っているが、ストレートではなく、
畝っているようで、歪んでいるようで、痺れているようで、どこかが狂っているような
奇妙に美しい風景が描かれる。東京の病院を抜け出した主人公・五郎が
枕崎や坊津を漂泊し、過去の自分やしその分身のような人々と接し、最後に阿蘇山の火口に至る。
美しいが、白日夢のような景色に現実と非現実が交錯する。
物語は小さな揺ればかりなのに、ひとつひとつが印象的に刻まれていく。
「死の淵」を廻る最後の場面には、張り詰めた緊張感があり、曳きこまれる。
題名の「幻化」は、隠逸詩人・陶淵明の「人生は幻化に似て、終には当に空無に帰すべし」から
引用したという。本作品名を梅崎は「げんか」と読ませるが、
本来の仏教用語では「げんげ」と発音するのが正しいらしい。
紛れもなく「戦争」「戦後」をテーマにした本作が、
平成22年の今日にも耐えうる豊潤なディテールを含み、
現代人の内面を先取りした“あいまいな狂気”を扱っていることに驚く。
若い人に読んでもらいたい名短編小説だ。