たまたま手にとった本が思いのほか面白くて引き込まれるようにして読んだ。暴力や痛みをともなうシーンが結構あるのに印象はいつも爽やかで、静かな感じのなかに物語が進行するのが何ともいい。この静かな感じは一体何なんだろう、と立ち止まってしまう(それは、アイルランドの自然とイスファーハンの宮殿とイランのターコイズ色の空を僕は連想してしまった)。そして読んでいると幸せになれるような小説だった。これは、オーバーな話ではなく、本当に幸福感に浸って僕はこの本を読み終えた。
『石榴のスープ』(原著2005年刊)は、クリュー湾に近い(中学生用の僕の地図には載っていない)アイルランドの小さな村バリナクロウを舞台にイラン・イスラム革命から逃れてきた三人姉妹が自分たちのイラン料理店を開店するところから始める。土地の者の外来者への偏見、あるいはその魅力のとりこになる者、事件があり、故国についての回想、また、料理のことなどが組み合わさって物語りは進行してゆく。ストーリはスリリングであっても無理がない。文章もペルシャ文学の伝統を感じさせるような豊かだけれど過剰でない文飾とユーモアに充ちていて魅力的だ。例えば、チェロウというご飯について「一粒一粒が智慧の真珠のような米を三十分間ゆっくり煮ると、名高いおこげ(ターディーグ)ができる」というように。
僕が著者マーシャ・メヘラーンがすごいなーと感心してしまうのは、実はこの小説が文章も物語りもかなりの完成度をもっているのに、そこにとって付けたようにイラン料理のレシピが各章に添付されていることだ。へたをすれば小説全体をぶち壊してしまう危険な試みにも思える。しかし、小説とレシピとは、完璧な調和を作っている、というか非常に楽しい読み物にしている。それを可能にしたのは、マーシャ・メヘラーンのペルシャ料理にたいする愛情の深さ細やかさだろう、と僕は思う。そして、僕がこの本が好きになってしまうのは、マーシャ・メヘラーンの愛情が、ペルシャ料理ばかりでなく、アイランドの自然についても、アイルランドの人々についても、もちろん故国の文物についても言えるのではないかということだ。