古代インドでは、人生を四つの時期に分けて考えたという。「学生期(がくしょうき)」、「家住期(かじゅうき)」、そして、「林住期(りんじゅうき)」と「遊行期(ゆぎょうき)」。「林住期」とは、社会人の務めを終えたあと、すべての人が迎える、もっとも輝かしい「第三の人生」のことである。
この五木寛之の『林住期』は、母親の衝撃的な死を告白し、「私は悪人である」と自己規定するなど、やや重いテーマを背負っていた『運命の足音』(02年、幻冬舎)とは違って、少し肩の力が抜けたのかな、と私には思える。本書の扉にある前述の「四住期(しじゅうき)」という考え方は、紀元前2世紀から紀元後2世紀あたりの古代インドで生まれたそうである。そして、五木は、人生のクライマックスは50歳から75歳までの「林住期」にあるのではないか、という。
もとより、本書は「林住期」についての指南書ではなく、五木の問題提起に対して解答を出すのは私たち自身である。だが、「更年期」や「鬱」、「健康」や「呼吸」の問題などを、私たちに気付かせてくれている。それらを受容するか否かは別として、「一番重要なのは、人生の後半をオマケと考え、峠を越したり下り坂と考える思想を打ち破ること」(あとがきにかえて)にある。五木と同年生まれのさる作家は、「老いをしっかりみつめて味わう」と言いながら、公私を弁えない「権力の亡者」となり果てたが、五木に関しては「看板倒れ」ということはないだろう。