全部で約三百の章段からなる『枕草子』の中から七十段あまりを選び、現代語訳、原文(いずれも、総振り仮名付き)、寸評の順に掲載された文庫本。坂口由美子・執筆による現代語訳が平明で親しみやすく、原文の味わいを見事に生かしています。作者・清少納言のきらきらした才気がほとばしる世界、千年前の作品なのに今に通じる人間の息吹、人情の機微を感じる世界に、すっと入っていくことができました。
たとえば、「春は、曙(あけぼの)」ではじまる有名な第一段の現代語訳は、こんな感じ。ここでは字数の関係で、春と夏の部分のみ、引いておきます。
<春は、なんといってもほのぼのと夜が明けるとき。だんだんとあたりが白んで、山のすぐ上の空がほんのりと明るくなって、淡い紫に染まった雲が細くたなびいているようす。
夏は、夜がすてきだ。月が出ていればもちろん、闇夜でも、ホタルがいっぱい飛び交っているようす。また、ほんの一つ二つ、ほのかに光っていくのもいい。雨の降るのも、また、いい。>(p.11)
言い得て妙だなあと、清少納言の味わい深い機知に感心させられた箇所では、格別、第一六一段「近くて遠いもの」と第一六二段「遠くて近いもの」が並べて配置された所が印象に残ります。ここも、現代語訳を引いてみましょう。
<近いくせに遠いもの。宮のべの祭り。愛情のない兄弟・親族の間柄。鞍馬の九十九折(つづらおり)という、幾重にも折れ曲がった坂道。十二月の大晦日(おおみそか)の日と正月の一日(ついたち)の間。>
<遠いくせに近いもの。極楽。舟の旅。男女の仲。>
本書を手にとったのは、小川洋子『心と響き合う読書案内』の中で紹介されていたのを読んで、読みやすそうだな、面白そうだなと興味を誘われたから。その期待どおりの、本書はとても親しみやすい、『枕草子』のエッセンスが詰まった一冊でした。