オンエアで観ました。玉木宏さん、佐々木蔵之介さん、映画では割愛された長谷川博乙さんのキャラ、またオリジナルキャラの中谷美紀さん、みなさんとっても素敵な演技でした。美術も昭和30年代(「三丁目の夕日」のころ)がナイーブに作り込まれ、スタッフ陣の絵作りにも、とても好感が持てました。
ところが!久しぶりに74年製作の映画版を観てみると!今から40年近く前の作品なのに、冒頭5分だけでそのクオリティの差にびっくり。
それはその後、霊界の代弁者を務めた丹波哲郎(今西警部補=ドラマ版・小林薫)さんや県知事になった森田健作(吉村刑事=同・玉木)さん、南町奉行を経て「沈まぬ太陽」で総理大臣まで登り詰める加藤剛(和賀=同・佐々木)さんの演技力の差ではありません。特に終盤の玉木さんと佐々木さんとの鬼気迫る心理戦は圧巻でした!
映画版での野村芳太郎監督、撮影の川又昴さんの絵作りは圧倒的!ドラマ版の感激が一気に吹き飛んでしまいました。
何よりも残念なのは脚本。犯人が犯罪に手を染めざるを得なかったもともとの動機が、2011年ドラマ版では大幅に変更され、思いっきりその必然性が薄まっています。原作も映画版も知らない人なら「何でそんなことで恩人を殺さにゃいかんの?」と思うのでは。2011年現在、原作に忠実に製作したら、人権問題で何かと差し障りがでるのでしょうが、「ここ」を割愛したらこの作品は成立しません(罹患者の方々には申し訳ありません)。だから、この時代に、あえて製作するべきではなかった!で結局、出演者さんたちの素晴らしい熱演が、「砂の器」になっちゃった・・・
犯人にとって、もう二度と会うことが叶わない親への心情、そして彼が犯罪を犯してまでも守らなければならなかった情熱が、「砂の器」でしかなかった悲しさ、空しさが本作のテーマであり、多くの人々を感動させたのだと思います。そこが役者さんたちの熱演の割に、映画版よりも伝わってないのが残念。