本書は、事件の発端から一審判決に至るまでの一部始終を追ったものである。その3年もの間、著者は、事件にかかわりのある土地に足繁く通い、さまざまな証言を集めた。事件現場となった円山町は言うにおよばず、ゴビンダの冤罪を晴らすべく、はるかネパールにまで取材に行った。立ちはだかる悪路難路を越えて、彼の家族友人から無罪の証言を得ようとする著者の姿には、執念を感じてしまう。
ネパール行脚が終わると、裁判の模様が延々と書かれている。ゴビンダを犯人と決めつけている警察の捜査ひとつひとつに、著者はしつこく反論していく。このくだり、読み手は食傷気味になるかもしれない。だがその執念も、ともすればステロタイプにくくられがちな「エリート女性の心の闇」に一歩でも迫りたいという一念からきたのだろう。著者は、確信犯的に堕落していった渡辺泰子に対して、坂口安吾の『堕落論』まで引用して、「聖性」を認めている。その墜ちきった姿に感動している。この本は、彼女への畏敬と鎮魂のメッセージなのである。(文月 達)
登録情報
|
私の関心の所在は、殺人の背景ではなく、スキャンダラスな夜の顔の全貌でもなく、被害者の2面性だ。昼の顔を捨てないまま、なぜ夜の世界にも生き続けたのか~~。2つの顔を持つことが必然だったのか、それともただ漫然とそうしていたのか。もしかしたらそれは、時代や社会の有り様に深く関わっているのではないか、そして現代社会に身を置く自分にとって、それは人ごとではないのではないか。
でも、私が知りたかったことは、本の中でも闇の中。かわりに、被害者のプロフィールや日頃のふるまい、加害者として捕ら~~われた外国人への同情がつづられ、著者もわからない調べきれない部分については自己陶酔気味の想像が爆発していた。
結局、私のもやもやは解消されず、期待が大きかっただけに、読後、怒りすらこみ上げてくる本だった。世間の耳目を集めた事件なのだから、タイトルにふさわしい内容であって欲しかった。土地の履歴の親和性なんていうオカルトチックな連想~~はどうでもいい。そんな妄想を、ルポライターの名の下でさらさないでほしい。後半のえん罪疑惑の部分も、たしかに「事件」の一部ではあるけれど、タイトルを変え、別の本として出版してほしかった。~
その執念がこの本の持ち味でもあり、空回りして何も伝わらない本になってしまった原因だと思います。
本書の結論は、被害者女性の堕落性には神聖さがあり、それ故に世の女性達があれほどに事件に反応したのだということと、被告になった男性は、警察が人種的偏見に基づいた捜査を行った結果の冤罪事件だという2点です。
それなのに膨大な取材の結果のどれもが、残念ながらその結論には結びつくようには思えませんでした。
亡くなった被害者の方には申し訳ありませんが、本書を読んだ限りでは、売春をしていて殺人事件に巻き込まれたこと以外に結局なにも分からず、同情も共感もしませんでしたし、警察が被告の方を容疑者としたのにも十分な理由があったように感じました。
読み進めて行くうちに、結論を先に決めてしまったような著者の思い込みと、こじつけばかりが鼻についてきます。
本書のテーマである「東電OL殺人事件」の内容よりもむしろ、ノンフィクション作家である著者が、これほどまでに客観性を無くしてしまった過程のほうに興味を持ちました。
まるで真夜中に書いたラブレターのような本です。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
|
|