豪農という書名のものを読むのは、伝田功の教育社新
書(1979)以来です。この間、この分野の研究も大分様変
わりしたようです。確かに、本書終章にあるよう牧原憲夫
『民法と憲法』(2006 岩波新書)は、自由民権運動を明治
政府、そして民衆の三極対立のものとしていました。これ
を読んだときは、それ以上のことは考えませんでしたが、
今回、新井勝紘編『自由民権と近代社会』(2004)を読ん
で、その背景がよくわかりました。すなわち、民権運動を
現在の市民運動の先駆としてのみみるのではなく、より
客観的な視点から、言葉を換えるとより学問的な立場か
らふり返るという方向に転換していたのです。
そういう視点からみると、本書で紹介されている東西ふ
たりの豪農のうち、品川弥次郎や山県有朋に維新時の
貢献を理由にして治水工事の国庫補助を迫った林勇蔵
の行動は興味深いものがあります。また、相模国の豪
農山口左七郎の評価に際し、近世・近代を通じる近代転
換期としての19世紀論の必要性が提起されているのも、
大いに肯けるものでした。
ともあれ、いくつかの研究書から主要論文を抜き刷り
する本書のようなスタイルは、門外の市民が直近の研究
動向を伺うには有用な方法だと思います。これからも進
めてほしいと思います。
〔付記〕 稲田雅洋『自由民権運動の系譜』(吉川弘文館
2009)を読みました。言論活動(新聞・演説)に着目し、民
選議院開設運動から初期議会の動向、そして大正期の
吉野作造の活動までを跡づけたもので、ひとつの試みと
して学ぶところが多々ありました。しかし、今求められて
いるのは、それらと秩父事件などの激化事件とを同時に
捉え得る複眼的な視座なのだとわたしは思います。
(2009/10)