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7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
日本が腐敗しきっていないことを示す証拠,
By 貧困ビジネス撲滅 (東京都新宿区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った (単行本)
『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』は、不動産業者が消費者にマンションを販売する際にセールスポイントだけでなく、不利益事実も説明する必要があることを浮き彫りにしました。東急不動産だまし売り裁判のような消費者契約法違反が発覚すると、不動産業者は信頼回復へ長い道のりを辿ることになります。
多くの日本人は自分達の拠って立つ大地に根を下ろすことのないまま、健忘症にかかり、過去を水に流して三歩歩くと忘れてしまう鶏のように生きています。それでも忘れてはならない事件があります。『東急不動産だまし売り裁判』が扱うマンションだまし売り事件も、その一つです。これは私達の錆びついた良心が判断しなければならない社会的な問題であり、目をしっかり見開いて直視しなければならないものです。この事件を掘り下げた人がいます。 他でもない東急不動産だまし売り裁判原告の林田力です。類稀なる論理力と誰も真似できない粘り強い執念で、時には地上げブローカーなどの嫌がらせを受け、困難な目に遭いながらも裁判闘争を遂行してきました。悪徳不動産業者に傷つけられながらも、一層気力をみなぎらせる林田力の覇気に心を揺さぶられました。この本を読めば林田力が東急不動産だまし売り事件から引くに引けない道義的責任を感じていることが分かります。 『東急不動産だまし売り裁判』は日本社会が完全には腐敗しきっていないことを示す証拠です。問題を克服するためには東急不動産だまし売り事件を満天下にさらさなければなりません。マンションだまし売り被害者がマンションだまし売り事件に沈黙してしまったならば最早生きているとは言えず、上辺だけを取り繕う偽善者に過ぎなくなります。東急不動産の敗訴に欣喜雀躍する思いです。 『東急不動産だまし売り裁判』は、ぼやけていた映像が鮮明度を増していくような感触を覚える書籍です。この本を読むと悪徳不動産業者への敵対感が頭をもたげてくることを抑えきれません。胸が張り裂けんばかりに心臓の鼓動が高鳴ります。読み終えた時は魂が抜けたように言葉を失い、呆けたようになってしまいました。内には悲哀と憤怒が渦巻いていました。東急リバブル東急不動産と孤軍奮闘した原告を支えてきたものは良心と豊かな感受性でした。 裁判での東急不動産側の主張は誰の行為が正しいのかという次元からは遠く離れていました。どうすれば原告・林田力の正当な請求から東急リバブルや東急不動産を防御できるのか、問題物件を売ったら売りっぱなしにして逃げ切ることができないかということに全神経を集中させていました。 東急不動産と東急リバブルの営業に会ってみたい衝動に駆られます。「あなたのせいで無実の消費者が一生に一度の買い物でだまし売りされ、人生をメチャクチャにされたことについて考えたことがありますか」と叫びたくなります。彼らは恥を知らなければなりません。恥ずかしさのあまり、自殺でもしてくれたならば快く拍手をしてあげます。しかし、できないでしょう。悪徳不動産営業は卑怯で狡猾なだけで勇気はありませんから。 多くの告発者と同様、林田力に対しても攻撃がなされています。その種の攻撃は東急不動産だまし売り事件の核心を知らないか、知っていても度外視することによるもので、林田力に対する名誉棄損であるばかりか、消費者運動に冷や水を浴びせる行為です。この種の攻撃は雇われ言論の横暴と断定できます。 消費者はゼロゼロ物件業者や追い出し屋など悪徳不動産業者の数知れない横暴に悩まされています。悪徳不動産業者の不正に泣き寝入りするならば、身を縮めて矮小になり、呼吸すら満足にできなくなってしまいます。 それを忍耐という美徳と勘違いしてはなりません。それは忍耐とは隔絶したものです。卑屈であり、阿諛です。このような生き方には消費者の権利伸長は望めません。この種の惰性から脱するためにも東急不動産だまし売り事件を徹底的に掘り下げなければなりません。
7 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
シンプルで分かりやすい消費者運動の興奮,
By 瑕疵物件 (埼玉県) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った (単行本)
『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(林田力、ロゴス)は悪徳不動産業者というモンスターに怯える消費者の悲劇ではない。東急リバブル東急不動産のモンスターぶりは百承知。卑劣なマンションだまし売りは憎悪心がなければできるものではない。すさまじいまでの憎悪心があったとみるべきだろう。悪徳不動産営業は原告に対して胸の奥から燃え上がる火のような敵対感を抑えられなかった。両極端の立場に位置しており、消費者への憎悪が体に染みついていた。また、直接だまし売りに関与した悪徳不動産営業以外の東急関係者には物事への無関心と新たなことに関わりを持たされてはかなわないという事なかれ主義が浮かび上がる。 それに対して原告は扉を蹴破り、消費者契約法という武器を構えて突撃する。原告は自ら東急不動産のマンションだまし売りを追及する。原告の長所は気に入らないことに対して核心部分を正確かつ鋭く掘り下げずにはいられない点にあった。 東急不動産との裁判闘争は泥沼の中を歩いているような苦労の連続であった。東急不動産と闘う原告は長距離ランナーであった。それでも東急を憎む原告のストレートさが展開に勢いをもたらす。地球の果てまでも追及する勢いである。事件の真相の根っこのところまでを掘り下げなければ気が済まない性格であった。 悪質な大企業に恐れおののくのではなく、積極的に立ち向かう消費者の魅力。日本の不動産市場には欠陥住宅やゼロゼロ物件詐欺、地上げ屋、追い出し屋など不正が蔓延しているが、不正を糺してこそ生きていける。シンプルで分かりやすい消費者運動の興奮を提供するノンフィクションである。 その読後感は炎天下の真夏に冷水を口に含んだ時の感じに似ている。『東急不動産だまし売り裁判』には読者の気持ちを心地よくさせてくれる魅力がある。胸には気が充満していく。これまで実感したことのないような胸の鼓動であった。
9 人中、6人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 4.0
最良の善と究極の悪,
By ルル (東京都新宿区) - レビューをすべて見る
レビュー対象商品: 東急不動産だまし売り裁判―こうして勝った (単行本)
林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』を楽しく読ませていただきました。著者の実体験に裏打ちされた展開には「なるほど」と思わず、右膝を右手で叩いてしまいました。東急不動産の不誠実さは通常の物差しで測定できる範囲を大きく逸脱しています。その悪意は日照が皆無になったマンションの寒さを肉体が感じることと同じように実感できます。これまで私は悪徳不動産業者を多少とも哀れに思うことが全くないとは言えませんでした。貧困ビジネスに励むゼロゼロ物件業者や追い出し屋を見て、その種の卑しい稼業に従事する彼らも格差社会の被害者であると感じたことはあります。しかし、これは東急不動産だまし売り裁判には該当しません。そのようなことを思うとしたら、魂が腐り果てた時です。 東急リバブル東急不動産のマンションだまし売りはマハトマ・ガンジーの七つの大罪「道徳なき商業」そのものです。新築マンション購入は消費者にとって面妖なる邪悪と名状しがたい恐怖の入口でした。本来ならば窓からピカピカの太陽が輝き、穏やかな風が吹き込む部屋が暗黒になりました。悪徳不動産業者は数えきれない悪事を繰り返してきました。 それに立ち向かった原告は西郷隆盛の言葉「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり」に該当します。灰色の荒海を渡る漁船のような雄々しさがあります。原告の精神は善良そのものです。善良であるがために東急リバブル東急不動産の餌食となり、辛酸を舐めさせられました。 原告が金であるならば東急リバブル東急不動産は鉛です。前者は最良の善で、後者は究極の悪の象徴です。敗訴後の東急不動産の対応もコーヒーの中で溶けずに残ったコーヒー豆の塊のような後味の悪さを残しています。
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